昭和60年6月22日 土曜日
午前8時に寝袋から起き上がり朝食の支度を始めた。
空は曇天で霧が深く立ち込めていた。
ご飯と味噌汁で朝食を済ませて濃霧で寒いので再び寝袋に潜り込んで眠りに就いた。
12時に目が覚めてテントから出て羅臼の町に食料の買出しにバイクで出かけた。
町はキャンプ場から335号線で少し下った所にひっそりとあった。
キャンプ場から下りて最初にあるのが食堂でその先に商店があり、そこで一通りの材料は入手できた。
国道に沿って店が何件か軒を並べているが、こじんまりとした町並みだ。
国道の突き当たりに寿司屋や食堂もある。
私は食材を買ってキャンプ場に戻り、昼食の支度をして食事を済ませて、明るいうちに「熊の湯」へタオルをぶら下げて行ってみた。
国道に沿って渓流が流れていて渓流に人間が渡れるくらいの橋が架かっていてその橋を渡ったところに「熊の湯」はある。湯船は2つあり、左側が女性用で右側が男性用で女性の浴槽には羽目板で囲いがしてあり外からは見られないようになっていた。
男女共に脱衣所には小屋があり、安心して入浴できるようになっていた。
浴槽は結構広くて大人が10人ぐらい並んで入っても充分なくらいのスペースが確保されていた。
男性の浴槽からは解放的になっていて湯船のやや下を渓流が流れていて国道も見渡せるのだ、言わば丸見え状態だけど通行人などいやしないので気兼ねなく入ることができた。
渓流の流れる音を聞きながら開放的な湯船に浸かるのもまた格別だった。
ちなみに入湯料は無料なのでそれこそ、温泉三昧な毎日が送れるのだ。
この羅臼の温泉キャンプ場はとても居心地が良くてとても気に入った。
そして、この環境なのでリピーターや主も結構いた。
キャンプサイトは確か3段のひな壇になっていて山側の奥に上段があってそこには4張りぐらいテントが固まっていた。
どうやら毎年の常連で長期滞在型のキャンパーだった。
その中に貫禄のあるキャンパー(旅人)が居た。存在感があると言うのだろうか。出来るヤツっていう感じがした。
彼は「村長」と呼ばれて毎年この羅臼のキャンプ場に雪解けと共に来て秋口、雪が降る頃まで、居るそうだ。ツワモノだなと思った。
バイクはホンダのパリダカ仕様のXL250に乗り7万キロを走破していた。
笑顔が眩しい好青年でもあった。
実際、北海道と言う場所は何故だかライダーやチャリダーやハイカー(バックパッカー)やまるっきりの徒歩での日本縦断者とかが集まる不思議な魅力のあるところである。
こと道東の知床と道南の函館には沢山の旅人たちが集まるのだ。
私もそんな旅人たちと出遭いながらツワモノになっていったのだと思う…。
夕方になると私のテントの隣に浜松からやって来たホンダの「ホークⅢ」に乗っているライダー「ワカスギ君」がやって来た。
京都弁が印象的な好青年なライダーだった、彼と夜に焚き火をしながら彼の持参してきた「ワイン」で乾杯して楽しい夜を過ごした。