思い出なるままに 北の大地編 ~9~ | のんびり行こうよ どこまでも 

のんびり行こうよ どこまでも 

バイクや模型や好きな話しを気の向くままに

ビキナーオヤジモデラーの奮闘記

友達1000人作るんだぁ   進行中~

昭和60年6月12日 水曜日

北海道上陸4日目。相変わらず寒いが6時半に起床した。

今日から知床峠が雪で閉ざされてから8ヶ月ぶりに開通したとラジオで聴いて、堪らなくなり、移動をすることにした。

知床はまだ、異常低温が続いているとの事なので、とりあえず西に進路を取ることにして洞爺湖を目指すことにした。

いつものようにガソリンコンロでご飯を炊いて食事を済ませて、荷物をまとめてテントをたたみ、バイクの荷台にパッキングをして、午前10時半に山部のキャンプ場を後にした。

山部から38号線で南下237号線に合流して金山峠を越して占冠(シムカップ)の手前で「熊出没注意」と言う注意喚起標識を見た。

背筋が冷たくなった。

占冠を過ぎると日高峠に差し掛かった。日高峠は霧もなくて路面はダートではあったが走りやすかった。

寒くて身体が芯から冷えたので峠にあったドライブインに退避してラーメンを食べて暖をとった。

日高峠を越して237号線を南下していくと平取町を通ったこの辺りは日高のファーム地帯でサラブレット馬を育てている牧場地帯が悠然と広がっている。237号線は235号線とぶつかって終点となった。235号線は海岸線に沿って苫小牧まで延びていた。

苫小牧は工業地帯で殺伐とした風景であった。

235号線から苫小牧で36号線に乗って登別に向かって西に走った。



のんびり行こうよ どこまでも 


のんびり行こうよ どこまでも 


苫小牧から40キロほど単調な海岸線を走ると登別温泉の案内板が見えてきた。

登別にて右折をして地方道に入った。緩やかにカーブが続いて次第にオロフレ峠に向かって延びていた。

快適な地方道はグングンと登っていき次第に霧が立ち込めてきた。

霧がかなり深くなってきた途端に路面が突然未舗装路になってしまった。

霧の粒子でジャケットは濡れてヘルメットのシールドも、びしょ濡れになり寒いうえにジャケットは濡れて更に体温は奪われて視界は劣悪で前方が10メートルぐらいにまでしか見えなくなっていた。そして未舗装になってしばらく行くと道幅が極端に狭くなってしまい、対向車とのすれ違いがやっとの幅になり路面の泥は霧で濡れて、ぬかるんでタイヤが滑りハンドルが取られ足をつけてもぬかるんでいるので、ズルズルとバイクが滑る状態でバイクをホールドができない。最悪である。しかも左側はガードレールもなく谷間になっていた。

バイクが滑って転倒したら最期だ。

視界は10メートル以下、前方は直ぐ目の前に観光バスがストップランプをチカチカと光らせて少しづつ前進していた。車間がない上に前方の様子がわからない、足元は滑り寒さと緊張と恐怖が交互に交差する劣悪な状態で何とか峠を上り切った。

峠の休憩所で霧に包まれながら一安心して休んだ。

峠の下りは路面も舗装されて快適に洞爺湖に向かって行った。

眼前に洞爺湖が見えて広い湖面の真ん中に島が浮いていた。

私は洞爺湖に突き当たって東に向かった。



のんびり行こうよ どこまでも 

東湖畔キャンプ場にバイクを入れて荷物を降ろして湖畔の直ぐ脇にテントを張った。

この湖畔キャンプ場は木立に囲まれた中にありキャンプ場の向こう側には洞爺湖の真ん中に浮かぶ中ノ島が見えた。

閑静で小気味が良い場所だった。

テントを張って私はとにもかくにも、温泉に入りたくてキャンプ場の西側にある壮瞥温泉にある旅館の温泉に200円を払って貰い湯をした。

冷え切った身体を温泉で癒してもう極上な気分であった。

4日ぶりの入浴で気持ちが良かった。