旅先で困るのがお金の出し入れだったりする。これは特に地方では銀行のATMはなくとも郵便局は確実にあるので郵便局の口座を作って旅の資金をそこに入れるようにした。
郵便通帳のメリットはその場所の局名のスタンプを押してもらえるのでそれが旅の思い出にもなるので、なるべく少しずつ下ろしてあちこちの局のスタンプを押してもらうのだ。
テントでの移動は宿泊先の予約も必要ないから自分のペースで走ることが出来るので私的には好きである。
すべての呪縛を解き放ち私は「北の大地」に向うべく準備を整えっていった。
6月の鬱陶しい季節は私は嫌いだ。
湿度が高く蒸し蒸しとした季節が堪らなく嫌いだ。
しかし若葉の中をバイクで走り抜けるのは好きだ。
嫌いでもあり好きでもある不思議な季節だ。
私はそんな季節から脱出をしようと思い北海道へ脱出計画を立てたのだ。
昭和60年6月6日 木曜日 快晴
私は汗ばむくらいの陽気の中、愛車のCBX250RSのリアシートの左右に赤い振り分けバッグを装着してリアシートには大き目のOD色のバッグをパッキングロープでくくりつけて、今回はバイクにリアキャリアを取り付けてリアキャリアにテントとロールマットをパッキングしてタンクにはタンクバッグに道路地図を走行しながら見られるようにゴムひもでくくって装備してフロントカウルにはトランジスタラジオをくくりつけての完全装備で服装は前回のスタイル、革のセパレートツナギにブーツ、上着に「82R」のロゴ入りの濃紺のスタンドカラーのジャケットである。
今回は友人の、うっつぁんがダックス50でお見送りをしてくれに来てくれた。
午前7時半に荷造りを済ませてオヤジさんとお袋さんに見送られて出発をした。
久しぶりのフル装備の荷物にいささかフラつきながら走り出した。
地元の見慣れた商店街を抜けて横浜駅方面へ行き国道15号線で東京に向けて走り始めた。
横浜周辺はさすがに通勤時間帯であったのでサラリーマンの通勤者がたくさんいた。
うっつぁんとは桜木町辺りで別れた。
ここからはいよいよソロの長旅が始まるのだ。