楽しい一夜が明けて昭和59年11月15日木曜雨が降ったり止んだりの嫌な天気の中、私と二塀さんはレインスーツに身を包んで北九州のユースから虹ノ松原まで一緒に走ることにした。
ユースを出て3号線で西に走って福間町から県道47号線を走った。
県道47号線は玄界灘を右手に海岸線を西鉄宮地岳線に並行して延びて新宮町から海ノ中道と呼ばれ岬の鼻まで延びていた。
岬の先端には志賀島という小さな島が付いていて島の周囲を周回する道路がある。
県道はこの岬の先端の志賀島の手前で終わりである。海ノ中道は岬のほぼ真ん中を県道が走っているので道路の両側は海が見渡せて気持ちの良いロケーションであった。
私たちはこの小さな志賀島を一周して途中で志賀島から能古島という島を眺めながら二塀さんと昼食を食べた。
二塀さんからコーヒーを沸かしてもらっての贅沢な昼食であった。
志賀島を満喫して私たちは再び海ノ中道を戻って3号線に入って福岡の博多から202号線で生之松原を通って海岸伝いに走って虹ノ松原まで走った。
虹ノ松原は海岸に沿って国道が7キロ近く延びていて海岸に沿って松並木があるのだ。砂浜に長く延びる松並木である。天気が良ければ絶景かもしれないが残念であったが松並木のトンネルの中の走行は気持ちが良かった。
虹ノ松原に隣接するユースに泊まった。
私はユースに泊まる前に商店で固形燃料と水筒とステンレス製のカップとコッヘル(アルミ製の携行型の鍋セット)を買った。
今後の旅先のコーヒーや昼食を作るのに使うためのアイテムである。ユースでは二塀さんと二人だけの宿泊であった。
夜は部屋で二人でコッソリとウイスキーで乾杯をした。ユースは飲酒は原則禁止されていたのだ。
魚肉ソーセージをつまみにステンレス製のカップでトリスを飲んだ。
これがまた実にうまかった。
トリスはおそらくウイスキーの中でも一番安いのではないかと思うが薬品のような匂いもするが慣れるとこれがまた癖になるのだ。
こうして楽しい夜は更けていった。
