10月も終わって11月に突入した。
昭和59年11月1日午前11時30分奥能登のユースを出発した。
天候は今にも崩れそうな曇天の中、能登半島の折り返し珠洲市の大谷峠を越して249号線は再び海岸線に出た。
輪島の手前、曽々木海岸を走行する頃には雷雨となり周りの景色を楽しむどころではなかった。
海岸線は風もかなり強く何度もハンドルを風に取られながらも慎重に運転をした。
249号線は輪島から門前町まで内陸を走る形になるので風もいくらかは和らいだが雨からは逃れられなかった。
今日は羽咋市にある寺院が経営するユースに泊まることにした。雨の降りしきる中ゆっくり確実に走って私ががユースに辿り着いたのは午後5時を回っていた。
ユースには宿泊者が5人ほど居た、この羽咋の海岸線には能登有料道路があり別名を渚ドライブウェイと言って砂浜伝いに潮水を受けながら走れるそうだ。
わざわざ料金を払ってまで潮水を浴びたくないものだと私は思った。