
「ぐう」って漢字は「たまたま」という意味をもちます。
たまたま、「偶然」に出会った(訪問)したブログで、「ひとつの愛」の姿を発見した。不倫でしょう。ぼやかした表現の中で楽しいクリスマスを恋人と過ごしたことを、「素敵」とかのコメントで美化されていた。(そういう風にオイラは感じたんで・・・)
いつもなら、それで流すんだけど、昨年5月、妻の家出の原因がオイラの不倫だったんで苦言(愚見)をしちゃったんだよネ。 「気をつけろ」、何も知らない振りして、少しずつ、後ろめたさやらHAPPY光線をだしているんだヨ。「偶」=つれあい、は気づいている。そう思ってもいいかもしれないヨ。
人様に偉いこといえないけど、ドロドロとした泥沼状態に入り込むと簡単な解決方法はなくなる。とてつもないエネルギー消費をおこして疲労する。あれから1年7カ月、つい心を緩めると「針」が飛んでくる。あの時の「やり直す」という選択は正しかったのかどうか、この先はまだわからない。
空々漠々、うまくいけばいいんだろうけど、「最悪のこと」覚悟して、一度掛け違えたボタンは取り繕いがうまくいったと思ってても、どこかバランスが崩れてるみたいだよ。
まぁ、親爺の偶詠さ。 漂流親爺は流される。 無駄な抵抗、無益なことはしない。
「酔生夢死」と「没法子」、こんなもんさと「流される」
「酔生夢死」と「没法子」、こんなもんさと「流される」