【六車奈々、会心の一撃! 〜はらぺこ花嫁~】
仕事の現場で、一度だけキレたことがある。
最初に言っておくが、私は現場で難しいタイプではない。気分屋で
しかしだ。20代前半だったと思う。たった一度だけ、ブチ切れた
その日は、モデルの仕事でブライダルの撮影だった。花嫁衣装を着
ブライダルの衣装には和装と洋装があるが、和装は、非常に体力を
まず何といっても頭だ。カツラをかぶるためにビチっと髪をまとめ
髪が落ちてこないようにしっかりと締め上げられた坊主頭に、カツ
しかし和装は、これだけではない。
最後に羽織る色打ち掛けが、かなり重いのだ。特に撮影用ともなる
さらに撮影も体を酷使する。
和装の場合、撮影中は大きく動けない。ポーズが決まると色打ち掛
これが数カットだと大した負担はない。綺麗な花嫁衣装を着られて
ブライダルの仕事とは、その華やかな見た目の裏側に、肉体への過
とはいえ、やはり美しい衣装を着られるのは女性として嬉しいもの
しかし、この日の現場は違った。
とにかく段取りが悪いのだ。
「この衣装を着てください」
というので着替えると、
「やっぱり、こっちの衣装でした!」
となるし、
「ロビーの階段で撮影します」
というからそちらに行けば、
「やはり外に出て撮りましょう」
となる。
それでなくとも体を酷使する和装だ。こうした無駄は、体に響く。
お腹空いたなぁ。
時刻はもう14時をまわっている。
お昼ゴハンは、まだ出てこない。
ぐぅ~きゅるるる。
お腹の中で怪獣のような音が鳴っても、撮影はまだまだ続く。早朝
「この衣装が終わったら、お昼を挟みましょう!」
カメラマンが全員に伝えた。
やったー!待ってました!
ようやくお昼を食べられる!
カツラが取れる!
休憩ができる!
「よっしゃあ!頑張るでぇ~!」
私は張り切ってポーズを取った。
ゴハン!ゴハン!ゴハン!ゴハン!
大喜びで控え室に戻り、カツラを外し始めた。
その数分後、
「すみません。お弁当がまだ届いていないので、次の衣装やっちゃ
私は、膝から崩れ落ちた。
心が折れたのだった。
最初から「次の衣装まで」と言われていれば、その心づもりでいる
しかし、、、仕事だ。やらねばならぬ。
私は気持ちを立て直してカツラをかぶり、色打ち掛けを着た。
今度の撮影場所は、スタジオだ。
スタジオに入ると、、、。
あれ?電気が消えている。
おかしいな。ここで撮るっていったよね?
「六車さん、すみません。少しこの椅子に座って待っててもらえま
「え? あ、はい。」
私は言われるがままに座り、待った。
スタジオのパーテーションの向こうでは、スタッフさんの話し声が
何かトラブルが起きたのかな?
仕方がない。待つしかない。
それにしてもお腹が空いたなぁ。
もう夕方だ。
お腹が空きすぎて、グゥーとも言わない。
はぁ。。。やっとお昼ゴハンを食べられると思ったのに。
すると、隣からプ~ンと良い匂いが漂ってきた。
あぁ、、、お弁当の匂いだ。
食べたい。
しかし五分経っても十分経っても、誰も来ない。
これって、、、。
もしかして、パーテーションの向こうで、皆お弁当を食べてる??
そこへ女性スタッフがやってきた。
「もう少し待っててくださいね。」
「すみません、今って何待ちですか?かれこれ10分近く待ってま
「それがね、ちょうどお弁当が届いたから、やっぱり先に食べよう
ぶっちーん。
堪忍袋の尾が切れた。
ふざけるなっ!このボケがっ!!!
「ちょっと、待ってください。段取り悪すぎませんか?朝から指示
女性スタッフの顔色が変わった。
「ごめんなさいね。お腹空きましたよね。」
「空いてません!そういうことじゃないんです!段取りの話をして
「よかったらコレでも食べませんか?」
女性スタッフが、せんべいを一枚持ってきた。
「いりません!お腹が空いてるから怒ってるわけじゃないんです!
ぐぅぅぅきゅるるる、、、。
「まあまあ、食べてください。」
「そういうことじゃない!!!」
結局せんべいを持たされた。
これだとまるで、はらぺこだから不機嫌になったみたいではないか
違うぞ。
言っておくが、私はお腹が空いたから怒ったのではなくて、現場の
ポリポリポリ。
おぉ、せんべいのなんと美味いことよ、、、。
もう一度だけ言っておくぞ!
私は、段取りの悪さを怒ったのだからな。
モデルを何だと思ってる!?
こき使われたら疲労もするし、お腹も減るんだぞ!
・・・けして腹ペコだから怒ったわけじゃないからな!
note:『六車奈々、会心の一撃!』
https://note.mu/nana_rokusha
奈々