【六車奈々、会心の一撃!  ~幸せを呼ぶ猫~】 


「あ~あ。かわいそうに。」

「もう助からへんなぁ。」


神社でお参りをしていると、ただ事ではない会話が聞こえてきた。

人だかりをかき分けて見ると、小さな子猫が瀕死の状態で横たわっている。仰向けになってお腹を見せ、虚ろな様子だ。


夏真っ盛りのうだるような暑い日。このままだと本当に死んでしまう。私は夢中でコンビニに走った。キャットフードと水、紙皿を買い、汗だくで戻るとすでに人だかりは無く、ただそこに子猫がポツンと横たわっていた。


死んだ?!

全く動かない子猫を見て、焦った。


「猫ちゃんや。大丈夫か?」

「ミャア」


声をかけると、子猫はか細い声で返事をした。

私は急いで人目につかない場所に子猫を移動させ、水とキャットフードを与えた。 

必死に食らいつく子猫。水も懸命に飲んでいる。

良かった!食欲はある!少し安堵した、その時だった。


「あの、、、。すみません。」

いきなり後ろから声がした。


「敷地内で、勝手に猫に餌をやらないでもらえますか。」

そう怒られると思い、思わず「すみません!」と言いながら振り返って見ると、ひとりの女性が立っていた。

「さっき、コンビニで私の前にレジで並んでましたよね。キャットフードを買われていたので、もしかしたら同じかなぁと思って、、、。」

女性の手には、コンビニ袋に入ったキャットフードが見えた。


「あぁ!そうだったのですね!」

私はホッとして笑顔になった。

私たちは、子猫が必死に食べる様子を見守った。


子猫は、前脚に怪我をしていた。その怪我が悪化し、ウジが湧いている。体もかなり衰弱していて、このままだと死ぬのを待つだけだ。

「どうしよう。病院に連れてあげないと。」

「ですよね。私、連れていきます!」

「あ!だったら車で行きましょう!実は私、彼と京都旅行に来たのですが、レンタカーを借りてるので、それに乗って行きましょう!」

「えっ?彼との旅行なんですか?それなら彼にも悪いので、旅行楽しんでください!私が責任持って病院に連れて行くので、安心してもらって大丈夫です!」 

「いえいえ、私も気になって旅行どころじゃないので。」

「彼は大丈夫なんですか?」

「あ、僕は大丈夫です!」 

いつのまにか彼が立っていた。なんて優しい彼なんだ。


そんなわけで見知らぬカップルと私、それに子猫が一匹、車に乗り込んだ。

「あ、、、今更ですけど、六車奈々と申します。」

奇妙なメンバーの自己紹介が始まった。

東京からやってきたカップルの名前は、仮にトシエちゃんとレイジくんしよう。

当時の私は、20代半ば。二人は、私より少し年下だったと記憶している。


初対面どうし、なんだかんだ話しているうちに、あっという間に動物病院へ着いた。

ここは我が家のペットが行きつけの動物病院だ。信頼できる獣医さんに丁寧に診てもらった後、言われたことは、

「衰弱が酷くて助からないかもしれません。覚悟はしてください。子猫の生命力にかけるしかない状況です。」

だった。


たった数時間しか一緒にいなかったが、私たちは甘えん坊の子猫にすっかり夢中だった。

どうか助かりますように!

そう願い、子猫を入院させた。

トシエちゃんには、その後の様子を必ず知らせると約束し、私たちは別れた。


祈りながら数日が過ぎ、病院から連絡がきた。

「皆さんの思いが通じましたね。すごい生命力です!もう退院できますよ!」

嬉しかった。

すぐに子猫を迎えに行き、トシエちゃんに電話をした。


「猫ちゃん、助かりましたよー!」

「きゃ~っ!!!良かったー!ありがとうございます!」

私たちは、喜びを分かち合った。本当に良かった。


さて次の問題は、この子猫を飼ってくれる人を見つけることだ。早く里親を見つけないと、あっという間に成猫になってしまう。

私は必死に貰い手を探したが、誰ひとり名乗りを上げてくれる人はいなかった。


「里親、見つかりましたか?」

トシエちゃんからも、たびたび心配の電話が来る。

あっという間に数週間が過ぎた。できることなら、このまま私が飼いたかったが、我が家にはオカメインコや鳥がいるので不可能だ。途方に暮れていると、またトシエちゃんから電話がかかった。


「貰い手、見つかりましたか?」

「それが、まだなんです。」

「では、ウチで飼います!マンションのオーナーから許可が貰えましたーっ!」


えぇーっ!

このコは、なんて幸運な猫だろう!

世の中の誰よりも、トシエちゃんに飼われる方がいいに決まってる!

トシエちゃんのような優しい女性なら、絶対に可愛がってもらって幸せに暮らせる!


私たちは京都駅で会う約束をした。八条口の改札で会い、しっかりと子猫を受け渡した。

「良かったね!可愛がってもらうんだよ!バイバイ!」

「大切に飼いますから!!!」

トシエちゃんは大事そうに、そして幸せそうに子猫のゲージを抱き、笑顔で新幹線へと乗り込んだ。

二人を見送った後、私は嬉しさと淋しさで泣きながら家へ帰った。


それからというもの、定期的にトシエちゃんから手紙が届いた。まだ写メを送れなかった時代、成長過程の写真をわざわざ送ってくれていたのだ。


子猫は『りんちゃん』という名前が付けられた。

大きくなったりんちゃんは、毛がフサフサ。ケガをした前脚は二度と毛が生えないかもしれないと獣医さんに言われていたが、綺麗な毛でフサフサと覆われていた。


トシエちゃんの家は、母と娘の二人暮らし。

りんちゃんは、母娘に大きな笑いと癒しを運んでくれただろう。


それから1年ほどして、トシエちゃんから連絡がきた。何とレイジくんと結婚が決まり、レイジくんの仕事の都合で関西に住むことになったそうだ。

りんちゃんは、ひとり娘が嫁いだ母の淋しさをしっかりと埋めてくれたはずだ。


一匹の猫がくれた、不思議なご縁と幸せなストーリー。

りんちゃん、元気にしてるかな。また会いたいぞ


note:『六車奈々、会心の一撃!』

https://note.mu/nana_rokusha






奈々