錆びやすいんだよね??しょっちゅう油を塗るんだよね??
怪我しやすいんだよね??打ち粉でポンポンするんだよね??
え~、、、日本刀の手入れは難しい物ではありません。いくつかポイントを押さえれば大丈夫。

まずは、刀剣油とティッシュを用意しましょう。

刀剣油を染みこませたティッシュを指にあてがう一例。こんな感じに持つとやりやすいかな。
では、よくある質問を3つ。
①どれ位、油を塗れば良いの?
→刀身に油の縞が見えているようでは塗りすぎ。その状態でティッシュで軽く拭う程度。
塗りすぎると鞘内に油染みを起こして、鞘内に溜まった油が、刀身と鞘が接触する部分から錆びやすくさせてしまいます。
②手入れの頻度は?
→基本的に鑑賞する度でいいんじゃないですか?
鑑賞に慣れてこれば日本刀で怪我する事はまずありません。
せっかく持っているなら、暇な時に気楽に鑑賞すればいいと思います。
これが一番日本刀にとっても所有者にとってもベストです。
何本も所有しているのであれば、出来れば3ヶ月に1回程度は鞘から抜いて上げて下さい。
適度に薄く油を塗ってあるならば、大抵まだらになった油が見られるはずです。
まだらに多く油が残っている部分が、油を多く塗りすぎた部分。乾き気味の部分が油が乾燥してきた部分。
③打ち粉ポンポンするとどうなるの?
→粉末に油を染みさせて、強力に油を拭い落とすためが主目的です。
粉でこびりついた油などを擦り落とす効果もありますが、これは注意下さい。
市販の打ち粉には粗い粒子が多いです。5センチ間隔位で一回叩く程度。
何度も叩いて粉を多く出す事と、強く拭う事には注意。ヒケ傷(ごく細い擦り傷)をつけてしまいます。
出来るだけ少なく、そしてとにかく軽く拭う事がポイントです。
ティッシュで拭うなら、1回拭ったら捨てて拭うべし。油を塗るにもティッシュが便利です。
正直なところ、打ち粉は使わず、丹念にティッシュで優しく拭うだけで充分なのです。
手入れに困った日本刀を預かった際、自家製の打ち粉を使うことがあります。
よく聞かれる質問と回答はこんなところでしょうか。教える時は手取り教えてます。
基本的に「油で日本刀を上手く保護してあげる」のが日本刀の手入れです。
特に打ち粉はある種の演出みたいなものです。
完全に油を落とさなくとも、地刃は充分に見え、鑑定も鑑賞も出来ます。
時代劇さながらに浸りたい、演出したいといった人が打ち粉をよく使います。
これに憧れて手にしてみたい人は結構います。上手く使えば全く問題ないのですが。
打ち粉について少々。
研師が作った打ち粉があります。しかしこれも要注意です。
研ぎ師は内曇砥という砥石を薄く磨り、仕上げで使う「刃艶」を作ります。
その際に、内曇砥のコッパ(整形されていない欠片)を荒い大村砥で磨ります。
この磨り汁を丹念に漉して残った粉末を吉野紙と絹で包んで打ち粉にします。
ここで注意。
いくら濾しても完璧に大村砥の粒子を消し去る事は出来ません。
また、内曇砥の赤い硬い筋(鉄分)の粒子を消し去る事も出来ません。
艶磨りの時に、尽く内曇砥の筋切りをしていても、大村砥の粒子は残ります。
市販の打ち粉よりは上質ですが、打ち過ぎないに越したことはありません。
繰り返しますが、日本刀の手入れ自体は面倒なものではありません。
要は古い油をティッシュ等で拭って、新しい油を塗るだけです。
*********油の塗りすぎの害悪**********
錆びるから、と滴る位に油を塗って日本刀を展示している博物館や刀屋がよくあります。
これはよくありません。展示している台、布と刀身の接触部から錆がきます。
博物館で棟にゴッツリと黒く錆びがついた重要文化財クラスの古刀を見ると、ハラハラしてしまいます。
さらに、大量に塗った古い油を拭い落とすのが面倒になります。
何度も拭ったり、さらに打ち粉を打って拭えばヒケ傷をつけかねません。
特に注意すべきは、展示ケース内に舞うチリを油が集めてしまうことです。
チリには微細な砂も含まれますから、拭う際に細かい傷を誘発します。
薄く油を塗ってあるかどうか?程度が展示ケースごしに鑑賞するにも具合良く、油がチリを集めたりしにくくなります。
また、鞘の中は油でベタベタになると、白鞘内に湿気がこもりがち。
最悪、白鞘を貼りあわせている「そくい(もち米を練った糊)」に悪影響を与え、鞘が割れます。
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現在市販されている刀剣油は機械油がほとんどなので、昔のように植物性油が酸化して錆びる(油錆と呼びます)事は減りました。
ただし、香りつけされてる刀剣油は刀身に頑固にこびりつきやすいので、避けたほうが良いです。
お薦めの刀剣油は刀剣柴田の油(小瓶で充分630円)と、藤代の油(小瓶で充分1,050円)です。
刀剣油が手に入らない場合は、椿油で大丈夫。ただし植物性なので、より薄く塗る事を心掛けて下さい。
また、違う油に変える時は、よく古い油を落として下さい。透かして油の皮膜が虹色に見えない位まで落としてください。
油同士が反発しあって、まだら模様になってしまいます。
機械油の注意点はこの程度。ただし塗りすぎは、後々手間ばかりかかる事には変わりありません。
刀剣油について饒舌になってしまいましたが、油と錆、ヒケ傷の相関関係が手入れの基軸となるのでご容赦下さい。
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ここから、書籍にはまず書いていない手入れの小技を紹介します。
きっとベテランも納得。こっちが本題です。
1、目釘を抜いたら → 柄に差す!

つい紛失して探し回った経験は誰でもあるはず。
あわてて削り直して出来上がった頃に見つかったりします。
画像にあるように、目釘を抜いたら柄に差すと、紛失を防げます。
もちろん、小さい穴側に差します。これが一番目立ちますからベストだと思います。
2、ハバキを掃除する → ティッシュを通してゴシゴシこする!
研師でもやらない人はやらない小技ですのであえて紹介。
ハバキと刀身が微妙に触れた機会に、錆がつきやすくなります。
日本刀の図録を見ると、よくハバキのラインに沿って錆の線がついてます。これがハバキ由来の錆です。
放置するとごく薄い錆がジワジワと蝕んでしていきます。
目立たない部分だけに手遅れになりがち。最悪、ハバキが刀身と癒着する事もあります。

画像のハバキは、江戸後期の素銅地銀着一重腰祐乗ハバキ。造りから見ると200年以上古いものです。
ハバキは錆びないように人工的に「色揚げ」して良性の錆をつけて悪性の錆から防御しているのですが、、、

ハバキの手入れは簡単。ティッシュを折って、ハバキの中を貫通させてゴシゴシこするだけ。
上の画像にあるように、特にハバキの上にあたる貝先は念入りに。貝先のラインにまず錆がきます。

ハバキの掃除後のティッシュ。
3ヶ月前にハバキの手入れをしたのですが、僅かですが、もう銅が錆びて緑青が吹いてました。

柄からハバキを外さない状態で長年経っていると、このように柄木にハバキの錆がゴッソリついているものがあります。最悪、刀身とハバキが癒着します。
この柄は上の画像のハバキの銅の錆(緑青)が浸み込んだものです。
鞘師さんが白鞘を削り直したのですが、ご覧のとおり削っても削りきれませんでした。
一体何年、柄から抜かれていなかったのか、、、、
3、ハバキ下の拭い → 油を塗り下げ、拭い下げる!
これも普通はあまり気にしない手入れです。
茎の錆際から上へ油を塗る際に、うっかりすると茎から油を塗り上げてってしまい、茎の汚れや酸化物を刀身に塗りつける事になります。
年に数回は手入れしてる分には錆際由来の錆はまず出ません。
ですが、錆際に微細な鉄の粒子が含まれていたならば、一発で縦へ長いヒケ傷がつきます。
錆よりも、これが一番のやっかい者。

そんな場合を避けるべく行うハバキ下の手入れ。
油を塗る際も、拭い去る場合も、区上から茎の錆際へ「拭い下げ」ます。
ただし、錆際で上手く拭い下げて止める必要があります。
人によっては懐紙等を巻きつけるようですが、この場合はハバキの利用が便利です。
画像のように錆際付近にハバキを持ってきて、親指で固定します。
慣れないうちは、刀身を鞘へ適当に入れて手入れして下さい。
鞘と刀身があたっても、短時間なので問題ありません。
余談ですが、、、
この区から茎の錆際までの間のハバキ下を見ると、研ぎの良しあし、刀の健全さ、来歴(特に研ぎの来歴が分かるので大切にされてきたか分かります)が分かります。
ハバキ下を見ると、刀剣購入時の判断材料の一つになりますし、鑑定では必須です。
これは長くなるので別の機会に書きます。
4、細かなチリ落とし → 袱紗を使って軽く飛ばしましょう!
油を拭って鑑賞した際や、特に鑑定刀に使った場合は、微細なチリが刀身に乗っている場合が多いです。
このような場合は、油を塗る前に、袱紗で軽く刀身に触れるか触れないか撫でるような感覚でバタバタさせてみて下さい。

この画像は短刀を観賞した後に油を塗る前のものです。
バタバタさせた際の風圧と、微妙な触れ加減がチリを綺麗に飛ばしてくれます。
懐紙でも悪くありませんが、紙の繊維が付着する場合があるので正絹の袱紗がベストです。
もちろん、袱紗は常に綺麗に保っておきましょう。
5、油を徹底的に落としたい場合 → エタノールの濡れティッシュで拭う!ただし、新しい油をすぐ塗る!
長らく丁子油(他の植物油も同様)を塗ったまま、手入れしていなかった刀身には、油がガッツリこびりついている場合が多々あります。
また、何かを試し斬りしたのか?袱紗を使っても落ちない付着物がある時があります。これは下手に拭えません。
従来はシンナーを使うだの、専門家?に任せるだのと言われて来ましたが、今は便利なものがあります。
手の消毒用エタノールティッシュで拭って下さい。もう時期インフルエンザの時期ですから、どこでも売ってます。
また、最近良く見るエタノール消毒液をティッシュに濡らしても結構。付着物ならエタノールを付着物の箇所に吹きかけてから拭うとより効果的。
この方法の注意点は強力に油を落とすので、エタノールが乾いたら必ず新しい油をすぐ塗って下さい。
**********終わりに**********
「油は日本刀の滋味である」と本阿弥光遜先生が上手いこと例えて語ってます。
油っ気が無くなりすぎると、人間の肌と同様、荒れて見えます。
繰り返しますが、、、、
折角ですから時々観賞してあげるのが手入れの面でも、愛着の面でも最良です。
心穏やかに、よくよく鍛え肌や刃を見ると、毎回新しい発見があったりするものです。
どんな日本刀にも必ず見どころはあります。