通夜の席で、遺族の席に、こども達。
わたしは、別れた妻なので、一般席。
義妹が喪主なので仕方が無い。仕切っているのは彼女なのだから・・・
親戚にも紹介しないので、親戚も、とまどっている。なるべく気にしないようにしているが・・
日本の家意識の強さに、女である義妹の古さを感じる。
懐かしい勝手の青年が同じ顔をして、同じはなし方をしている。深夜彼ら、彼女達と話しながら、
風の子クラブの昔に還る。12自からきた彼らと、3時ごろまで、語り合った。
「にーぼう」がいなかったら、高校時代いや人生つまらなかったよ!
大人でもない、先輩でもない、人間でもない。
家庭なんかいらない人だったんだ。嬉しい言葉だった。
腎臓が働かなくなり、4日目体位交換をした後、痛み出しうなりながら、逝く。
娘と声をかけるが・・・心電脈もなくなる。ハッハッと必死で息を続けていたが、なすすべも無く逝った。
昼間、こども劇場の人たちと、キャンプの話をして、笑ったのがうれしそうだった。
腎不全。夜9時17分。医者は20分と宣言。
まだまだ、やりたいことが、あったのだろうが・・
抗がん剤を使い体力が無くなり、弱ってしまいなにもできなくなった。
慶応の近藤誠先生に連れて行ったとき「お前ならどうする。抗がん剤やめる?」元夫に聞かれ、「近藤先生に会いに行く」と答えた。
最後の限定された日々を送るため、治療しないことを選ぶのも、本人の気持ちかな。
後、知識、病気になってから,本を読めないので・・・
病院朝病院から戻る.一晩病院の簡易ベッドで付き添いをやる.一睡もしない彼は、色んな幻視があり、うわごとをいう。
娘と交代で、寝て、朝「ちりとてちん」に間に合うようかえる。交代で、義妹長崎から来た義弟が入る。
久しぶり、元夫と二人きりになる。娘は、小学生の1年生のとき以来そろった両親を見ていないので、不思議がる。
人が死にいく経過を見取りながら、考える。わたしなら、どうするだろうか?
娘がまめまめしく、父親にそう姿と、心遣いに感心する。
酸素吸入も始まる。尿は出ていないし、バナナを半分食べてから、水しか食べていない。
体位を一晩に3回変える看護士さんには、感謝している。プロの仕事といえ大変な仕事。ナースステーションには眠れないお年寄りが、じっと座っている。夜の病院の一晩は,長い。17日18日19日休んでいるが、先は分からない。本人は延命装置を望んでいるが・・・苦しまないで・・・安らかな死は無いかもしれない。人間は最後まで、もがくかもしれない。
今日のトレーニングは、お休み。
昨日 武蔵小金井のホスピス病院の,面接に行き電車を待っていると,携帯に元夫の危篤の知らせが入った!!病院へ行くと、義妹が来ていて今夜が、危ないという。
腎臓が、働かず今朝から尿が出ないとのこと、彼と話すと、意識は時々なくなるが、うわごとと、無いものを、触るような動作はあるものの、自分で動いたりする。アイスクリームは食べられた。
母親も会いに来てくれた.8時ごろ帰って、娘と夜行くことにする。
医者が延命の装置を付けるかどうかを本人に言うと、つけるという!!
行きたいというきもちはわかるが・・・・家族は、断ったのだが・・・苦しむので。
お医者さんもっと早く意識が混濁する前に話し合ってね。
家庭的なホスピスを、見学して、庭の花を見たときと、もういない人の絵が飾ってあったときは涙が出た。穏やかな死。見守る人の大切さ.死の受け入れの難しさ。
休みだったので、春の雛人形を観たくて行きました!!
まだ、椿が、咲いていました。