BI
ベーシックインカム

が最近話題に上がってきている。
 
ベーシックインカム(basic income)とは最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想
 
 


ある一定の所得額を超える人は税金として支払うので、マイナスにはなると思うが、国が破綻しないようなら、この制度はあった方が良いのではと思う。
 
反対の意見として多いのは、
 
「働かなくなる人が増えるのではないか?」
 
とのことだが、別に働かなくて良いのであればそれに越したことはないでしょう。
それよりは、
 
健全に日々の生活を心配することなく生きることによって精神的な豊かさも増えていく
 
のではないでしょうか。
 
恐らく、BIをもらってももらわなくても
 
働かない人は働かない
 
でしょうし、BIがある以上、働いていて所得が別にある人は、余暇や、精神的、身体的健康、嗜好品へと消費をするので、BIプラス働いて所得がある人たちは精神的にも豊になります。
 
 
今、自らの意思で働かない人を、より働かないことへ推進させることの憂慮より、働きたくても働けない人、又、働いても働いても生活苦により日々精神的に不安を抱えている人たちが、最低限生活をできる保障があることによって、人生からその不安を取り除き、より、物質的にも精神的にも豊さを得ることのできる環境を作ることは、とても大切なことだと思います。
 
 
 
自らの意思で働かない人達の中には、働いても生活の心配を日々しなくてはならない為に希望を持てず、自暴自棄になっている人たちも多いと思います。
 
働く意義
つまり、労働の対価とは何かという問題もありますが、
 
 
生活
達成感
能力向上
社会貢献
社会交流
人間交流
余暇
嗜好品
 
それぞれ色んな為に働くことができ、こう挙げてみると、「生活の為」以外は
 
大体ポジティブなイメージ
 
があります。
 
ということは、生活の為に働くということは苦労が前面に出ており、ネガティブイメージが付きまといます。
 
そのネガティブイメージの「生活する為」が無くなり、保障されれば、労働と仕事に対するネガティブイメージも払拭され、より幸せを得る為の行動が労働となるのではないかと思います。
 
勿論、最低限の保障があったとしても、比較する目線は必ずあるので、格差という言葉は無くならないでしょうが、精神的豊かさの価値観がもっと変化して精神的向上の為に働く人が増え、国の人間性も高まるかもしれません。
 
 
甘い考えという意見も多々あるでしょう。
市場は比較で価値が決まるので、下手に実行するとインフレが生じますし、財源をどうするかということもあります。
 
ですが、少なくとも、
 
「働かない人がより働かなくなるから」
とか
「怠惰を生むだけだ」
 
という考えはどうも的外れではないかと思います。
 
そんな心配より、
働きたい人、又、働いても生活への日々の心配で時間と精神を浪費してる人達がいるということ。そして、今現状で満足していても、より安心と精神的豊かさへの向上が得られる人達が増えるという可能性が潰されているかもしれない、ということを心配するべきでないかと。

 
 
またまた長くなりましたが、今日は、他の方のブログを拝見して得たやり方で、文字サイズと色をつけて書いてみましたが、最後の方は面倒になり手付かずです。
 
 
また独り言で。
 
 
 
 
写真は、シンガポールに出張に行くと必ず寄るBARからの夜景です。
MARINA BAY SANDSの様に上からの夜景も良いですが、
私は、正面からのパノラマの方が好きです^^
 
 
 

久しぶりに日記を書いてみようと思いましたが、公開する日記となると、最早何を書いていいのか分かりません。

 

 

昔は、日記と言えばmixiで、とは言っても10年も前ですが、amebaは、登録しただけで特にやっていなかったのでここには特に親しい友人や仕事関係は疎かアメ友(?)もおらず。

仕事仲間や友人には普段会って話をすれば良いし、かと言って見ているかどうか分からない不特定な方々を意識すると何を書いて良いか分からなくなります。

 

今現在、このサイトには知り合いもいませんが、独り言のように何度か書いてみてみます。

何も無いのが当然なので、いいねやコメントを頂けるととても嬉しいものですね。


書くに当たって、参考にしようと昔のmixiを振り返ってみると、絶対に同じようなものは書きたくない。

やはり、前半はかなり異性を意識して書いており、彼女が欲しいのか欲しくないのか、寂しいのか寂しくないのか、優しい声を掛けて欲しいのか欲しくないのか、友達に突っ込んで欲しいのか欲しくないのか、を書き、たまには、社会を見据えて理解(したように)社会批判をして突っ張ってみたり。

 

 

たまに、好きだった音楽や文学のことに触れてはおり、それは懐かしいなと思うが、若い時とは、こんなに異性や評判や成長を欲するが、得る方法が分からず何かに協力や理解を求めるのだなと、感じると同時に、方法は自分で探すのは勿論大人として、その意欲は今の自分になっても保つべきだなとも思う。

 

 

何を書いてよいか分からないということは、不特定多数の方々に何を発信して良いのか分からなくなっているか、特に何も無いのか。

 

 

年齢を重ねる度に、多数の人に理解を求めるよりも、家族や友人、仕事仲間等、身近な大切な人に理解をされ、理解をすることに意識をシフトしていくようになり、徐々にSNSから離れていったようにも感じる。

 

ここでも書くことはたくさんあるでしょう。


好きな音楽、文学、芸術、酒、食べ物、遊び、旅行、ビジネス、政治、社会、哲学、歴史

 

 

最近、他のブログで日本の西暦700年前後の事を書いていた方がいらっしゃるが、私もその時代にはとても興味があります。あの時代から律令政治が始まり、東アジアそれぞれの分岐点となったと思います。

 

ある国は試行錯誤の上、律令制を脱せざらるを得ず、武と貴の争いになり、ある国は西暦1900年というそこから更に1200年の歳月を中央集権化により保ち、ある国は今も保ち続けている。

 

それらの背景と過程を見れば、

 

人と人

人種と人種

国と国

 

と理解不能であるが

 

自由と平等

そんなの過去の事で今の時代となってはどうでもいい

 

と大らかなフリをして耐えてたものが、自然と心から理解をし合えるのでは、と思います。

 

 

いずれにしても、人付き合いも仕事も、何かを食にするのも、見るのも、聴くのも、触れるのも、礼節は必要ですが、その対象の過去や過程に敬意を持って学べば、理解するに難くないのではと思います。


何とも長くなってしまいましたが、これから日記を書き続けるに当たっての日記という可笑しなものになってしまいました。


明日は会社の忘年会なので、16時から飲み食いです。
その後は、気分次第、とは言っても私は飲むと楽しくなって、いつも自宅近辺の友人の店を周って遅くなってしまうのですが、久しぶりに翌日を気にしない飲み会なので、たっぷりと食事と酒と会話を楽しめることと、楽しみにしています^^