しばらくぶりですね。
自らのルーツを振り返ってみると、それに伴って呼び覚まされる記憶。
最近またラルク聴いています。
サザンもたまに聴いてます。
やっぱりマイケル・ジャクソンには勝てません。
一寸、思い出しました。
小学生の頃、
将来何になるのか? と聞かれた時、「画家か建築家」になりたいと言った。
自然にそうなるだろうと、何の不安も無く思っていた。
今思えば、不安にならないのは、無知だからである。
それでも、当面の目標として掲げてはいた。
実際、自分にはそういったデザイン系の発想力は少なからず他人よりは有すると感じていたし、
それで市を代表して選ばれたこともある。
そんな自信があったのかもしれない。いやあった。
中学時代、
宇多田ヒカルが「Automatic」でブレイクを果たし、テレビ、ラジオでヘビーローテーションしていた頃、
自分はデザインを考えることは出来ても、それを再現できる能力、技術が無いことに気が付いた。
それに気付いた時には、もう将来のイメージからは遠ざかってしまっていて、
自分には向いていないのだと、確信してしまった。
勿論、そんなことで諦めるのは早かったが、
当時は、周りの環境、人間関係等もあまり良好では無かった為、
自分をどんどん追いつめていってしまった。
元々、自分自身、怠惰で我侭で自己中心的な性格だったのが災いして、
また、それに気付かずのうのうと周りを気にせず迷惑ばかり掛けてきた人生履歴につけがまわる。
自分は不細工で不器用でマイナス思考でチビでロクでも無いクズ、最低な人間、動物以下。
小学生の時はあんなに楽しかった学校が、もはや苦痛以外の何者でもなかった。
これでは、もう学校に行っている意味も、生きている意味なんかも無い。
小学生の頃からの同級生で、登校拒否を繰り返し続けている友達がいて、
学校には来れなくても、俺の家に遊びに誘ったり、毎日電話したりする関係だった。
中学になっても相変わらず学校には来なかったが、
音楽に関してはかなりの情報通で、俺は相当影響を受けた。
ビートルズも教えてもらった。
俺が絶望に苦しんでいる時、ある一つのバンドを教えてもらった。
それは ZEPPET STORE という名前のバンドだった。
好きでも無いことを繰り返しやらされる苦しみの毎日の中で、
唯一つ心が安らいでいたのが、このバンドの音楽を聴いている時と、ギターを弾いている時だけだった。
このバンドがデビューするきっかけを与えてくれたのが、
X JAPANのhideであるということも知った。
このバンドのボーカル、木村世治さんがやっていたオールナイトニッポンも聞いた。
すごく久しぶりに笑うことが出来た様な気がした。
洋楽紹介のコーナーがあって、TOTOやレディオヘッドなんかも知ることが出来た。
あの時、私の命を救ってくれたのは間違いなくこのバンドだったと思います。
本当に、感謝致しております。
そして、このバンドから派生して様々な影響を受けることが出来て、本当に幸せです。