人間性の真実。 | Recover my heart, change the world.

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日々の思想、小説、詩、エッセイ、悟り、妄想、体験、揺れる気持ち、音楽など、私の表現です。


衝撃的なタイトルである。が、別に大したことは点在していない。

私、わたくし、僕、俺、ミー、あちき、それぞれの一人称で呼称。

私個人のコンセプトとしては、「他人とは違うことをしたい」というものが前提的に敷かれているのであって、

現実的、物質学的には、「同じことは二度と無い」「同じものは絶対に無い」という事があるので、

本質的には、他人と限りなく近い、というケースは稀に起こり得ているのが人間社会なんであろうが、

その人間の思考としては、「他人と同じ」「毎日同じことの繰り返し」と感じてしまうのが頻繁である。

根本的に、現実は淀みなく進行しているので、毎日ニュースは更新されていく。

しかしながら、我々の脳においては、CPUもHDもメモリーもOSも交換できないので、

アップデートを超次元、超自覚的に行っていかないと時代や社会に乗遅れてしまうのが現実、社会問題。

コミュニケーション、ブレイクダウン、呑みにケーション


そんな中で、21世紀に他人と決定的に違う様に生きていくことを計らずしも選択してしまった私は、

自覚的に他人と違う行動を選択して出来れば実現していくのであって、

それはそれは結構しんどいことなのは内情であって、

実際問題、生きていくことは実はしんどいということは社会の内情なのであって、

生きていくために、人の為になるという意を込めて「仕事」をしなければならないが、

その「仕事」イコール「人間性」とか仕事に自分を乗っ取られてしまうのは何だか違う気がしていまう様な、

確かにそのやっている「仕事」がその人の心から、全てを掛けて心底尽している仕事ならば、

それはとても素晴らしく人間らしいし、職人といって然るべきなのであろうが、

現実的に、それが全て当てはまる訳では無いと思われてしまうのであって、

仕事では無くても、趣味などのプライベートな瞬間で、抽象的に言うと輝いている瞬間を魅せるのが人間。



いいじゃないか、いいじゃないか。

不細工でも、頭悪くても、

人と違うのだから、良いじゃないか。

人から見られることばかり気にすることって、つまらないと思わないか。

人の評価なんぞ、基本ナンセンス。

自分が、何をしたいのかを気にする方がよっぽど有意義なのだ。

頑張れ!



人と違うことをハイパー意識的に選択してしまった私は、

「普通」を嫌い、「平穏」を疎ましく思う。

だが、心の奥底では日常に何事も起こらないことを無意識的に「当たり前」の様に思ってしまっていて、

もはやその意識がインプリント、いわゆる「平和ボケ」状態な脳内。

私がこんな駄文や妄想、アホーな話を書き込めるのも、基本は平和な状態だから出来ることだ。

マイケルジャクソン、三沢光晴さん、緒形拳さん、その他大勢の方々は先に旅立ってしまいましたが、

私は何時になったら、そちらへ合流できるでしょう、また、

それは何をやり遂げたら行っても宜しいのでしょうか。




人生とは、偶然の重なり合い。