普通3回も試験を落ちたら諦めるんでしょうけれど、子供の小学校の時の先生が大学受験の時に4回落ちて、5年目にやっと合格したそうです。この時お母さんがずっと見守って下さったらしいです。

そんな話を聞いていましたから、4回、5回ぐらい何やのんと言う気持ちもありました。

当時息子は高校2年生でした。東大を受けようか京大を受けようか悩みながら勉強していました。

どちらも難しい大学ですから、一度で合格するとは思っていませんでした。ロイスがここで諦めたら息子は不合格になった時に諦めてしまうかもしれないと、ロイスは決して諦めない姿を見せたかったのです。東大、京大と宅建試験では全然格が違いますが、賢くないロイスには宅建が京大ぐらい難しかった。


そうしてついに合格発表の日が来ました。忘れもしない12月3日でした。午後5時ごろにはインターネットで合格者の受験番号が発表されることになっていました。今年も落ちていたら多分立ち直れないでしょうから、家族の誰にも見つからないように、ひっそりと心臓がバクバクしながら震える手でパソコンを開きました。受験番号表を手に、合格者番号を順に目で追っていきました。

あった!あったで!何やのん宅建ぐらいでと思われるかもしれませんが、色んな思いがあったものですから、舅に復讐と、息子に背中を見せたかったことと、ケントにどうや!と言いたかったことと、自分の人生で、一つ資格を持ちたかったことや、やってきたことを挫折で終わらせたく無いとも思っていました。

その年の合格最低点は、36点だったと思います、ロイスは42点ありました堂々の合格でした。

(そりゃ4年も経っていますから・・・・)

確かに自分の番号を見つけたのですが、息子を呼んでもう一度確かめてもらいました。息子も良かったなと言ってくれましたが、そう言うと息子は急いで自分の部屋に駆け上がりました。

勉強のできないロイスが一生懸命勉強していた姿を見ていましたから、自分も頑張らないとと思ったと勝手に思っています。はぁ~生まれて初めてこんなに勉強したと思います。


そうして夕方舅宅に行って、

ロイス「ワインを開けますよ!」

まずワインを開けて、グラスに注いで

ロイス「宅建に受かりましたよ」この時正にロイスを馬鹿にしていた舅に復讐が始ったのです。

舅はその時何だか騙されてるなと、気づき始めていましたし、姑もどうもえらい事になっているのではと感じ始めていましたから、ロイスの宅建試験合格の知らせに涙を流していました。

姑「ありがとうな、誰かひとり宅建持っていたら心強いな」泣いてはりました。


そうして試験を受けただけでは主任者になれないので、合格通知が届いてから講習を受けて主任者登録をしました。主任者証を貰ったのは次の年の3月だったと思います。

試験に合格した時から、舅は一転して、馬鹿にしていたロイスに頼るようになりました。

そうして舅と毎日のように一緒に付いて弁護士さんや、司法書士さんのところに行って、証拠集めやいろいろ手伝ってあげました。同時にせっかく主任者になったのだからと、ロイスの会社も立ち上げました。一気に代表取締役です。会社と言っても舅の用事で何もできませんでしたが・・・


そうして1年が過ぎて息子は京都大学に現役合格できました。そうしてもう1年舅に付き合ってあげてやっと事件が解決の兆しが見えてきたころ、クラークがだんだん具合が悪くなってきたのです。

クラークは舅が大っ嫌いで、自分でしでかしたへまを何でロイスが面倒見るんやほっておけ!

と毎日のように舅と出かけるロイスがストレスだったのかもしれません。でも舅はもう年ですから

ロイスも腹が立ってもしてあげないと、何一つ自分で出来ないのです。すぐ忘れるし直ぐ無くすし

やっていることも訳が分からない、それにどうしても解決しなければならない理由もあったのです。


そうしているうちに、クラークが癌になりましたから、ロイスも悪かったなと思っています。

今は舅はロイスに頭が上がりません。これが復讐です(・ω・)/やり遂げました!