クラークが会社に行きだして、波は有りましたが、次に閉じこもったら離婚するで!と脅かしておいて

お尻を叩かれながら会社に通いました。でも人の事を気遣う余裕は無かったと思います。自分の事で精いっぱいだったと思いますが、娘の参観日に行ったり食事に行ったり生活圏内では普通に行き来が出来ました。そうして出社し始めて一年が過ぎたころ、もう閉じこもりの気配がありませんでした。クラークは娘2人でしたからどうしても男の子が欲しいと言う事で、ロイスは病院に通い男の子を出産しました。クラークの喜びは大変な物でした。舅もとっても喜んでくれました。舅、初の男の子孫でした。


そのころロイスも30歳を超えていましたから、また女の子だと又頑張らないといけないので、失敗は許されません、そのころ無脳児を出産されたお母さんが予防のためにリン酸カルシュウムを飲んで出産された子供の統計を取ると、98%の人が男の子を出産されたそうです。ロイスも先生と相談して一年間リン酸カルシュウムを飲んで出産しました。出産する前に先生が性別を言いましょうか?とおっしゃいましたが、聞きませんでした。ロイスにとってはどちらでも後戻りできませんでしたから聞きませんでした。


そうして陣痛が始まると、SS癌が病院にやって来ました。ロイスが苦しんでいると言うのにSS癌は

SS癌「男の子ですか女の子ですか?」まだ生まれていないのに看護婦さんに聞いていました。

あと少しで生まれると言うのに・・・そうして黙っていればいいのに看護婦さんが

看護婦さん「おめでとうございます。良かったですね、男の子ですよ。」まだ生まれていない!!!


そうして無事可愛い男の子を出産して、クラークは又人生が変わりました。本当に嬉しかったみたいです。その後順調に過ごし、娘が中学校に上がるころクラークが閉じこもっていた時に往診に来ていただいた先生に、現状を報告しに行きました。先生はその後も心配して下さっていたらしく、

先生「多分もう治らないだろうと思っていましたが、家族の理解と手助けがあると治るもんなのですね、こんな例は珍しいので学会で報告したいと思います。」

まさにこれが一度目の学会報告だったのです。そのころ不安神経症もあまり知られていなく、回復される方もいなかったみたいで、今は良い薬もありますし、原因も解って来ていると思います。


そうしてそれから二年後、家に居ると突然ロイスの心臓がドックンドックンし始めて、破裂するのではないかと言うぐらいドクドクして、天井がグルグル回り始めて、目を瞑っても天井が回っていて、

吐き気がして、子供に近所の先生を呼びに行ってもらって、会社にいるクラークにも電話して帰って来てもらって救急車も呼んでもらって、ロイスはこのまま死ぬんだろうかと、ロイスの人生は何だったんだろうと死を目前にしていると、先生がいらっしゃいました。心臓はますます激しく鼓動するばかり、先生が診察してくださって

先生「救急車呼ばれたんですか?今度から救急車読んだらあきませんよ。」

死にそうになっているロイスに先生は今度から救急車呼んだらあきませんよとは・・・・

そうしてクラークが帰って来て

クラーク「先生!こいつダイエットしとったんやわ!!」死ぬかもと横たわっているロイスを指さして

ダイエットしとったわ!とは・・・なぜ先生ロイスは大丈夫ですか?と聞けないのか。

そうしてロイスのパニック障害は始まったのです。次回にロイスのパニック障害を書こうと思います。