元行政書士 私の職業経歴から


私は五年間の公務員生活を経て、損害保険の業界に入りました。

損害保険業界での仕事は「保険調査員」です。

テレビ番組にも「保険調査員」が活躍するドラマもありましたね。

保険調査員の仕事は交通事故の被害者に適切な補償をするための資料収集が主体となります。収集資料は、示談交渉がこじれた場合に裁判で勝てる内容をそなえたものでなければなりません。裁判で負けるような資料であってはならないのです。


保険調査員には法的な素養があると同時に指導して下さる弁護士さんの法律的判断を適切に理解できることが調査員の大切な資質です。      

私は、約30年間の職業生活の中で暴力団との交渉、詐欺師案件についての調査活動の業務も多くありました。


暴力団との交渉は怖くはないかと周囲の人から言われることもありましたが、私は日本の警察パワーを信頼しておりましたので恐怖を感じることはありませんでした。


もし、素晴らしい警察の存在が無かったとしたらこれらの仕事に従事することはなかったでしょう。

私が危険を感じて警察の助けが必要とする時には必ず日本の警察が私を守ってくれる保証がなければ組織的な暴力を相手にするような仕事には就きません。 

けれども、約30年の業務従事中に一度も警察の出動を依頼したことはありませんでした。


暴力団、詐欺師には私の後ろに控えている警察の姿が見えているのです。

保険調査員、債権回収などに従事する我々はいつでも警察に保護して貰えるであろう「資料」を準備しながら仕事をしております。


暴力団、詐欺師などは我々が警察に出動をして貰える準備をしながら仕事をしていることを知っております。

だから我々は安心して仕事ができたのです。イジメについて申しますと、「イジメ」という言葉が問題の本質を隠しております。


後で説明しておりますが、イジメの中身は暴行罪、脅迫罪などの犯罪なのです。犯罪を「イジメ」という言葉で包んでしまっています。

犯罪に泣き寝入りしない、これからの人生を民主主義法治国家の国民として強く生きることを実践していただくためにこのパンフレットを作りました。


加害者の行動が常識的に考えて「これは犯罪に該当するのではないか」「警察が担当するべき犯罪行為」ではないかと判断できる知識が必要ですが、これは難しい判断ではありません。「理由もないのに嫌なことをされる」ことは大体刑法に定めた犯罪に該当するのです。そのことを口頭で警察に訴えても簡単には警察は行動できないのです。警察があなたのために出動するにはあなたが受けている「嫌なこと」が犯罪であることを確認できるような資料がなければ警察は動きません。

本書を通じて、警察が出動するに足る資料の準備の仕方を学んで、警察パワーで犯罪者を撃退する準備をして下さい。


準備は簡単です。「毎日、日記」かくことです。その日記にあなたが受けた被害や場所を書く習慣を身につけて下さい。


民主主義法治国家では何事も「事実を証明できる文書」による交渉が大切なのです。というのは加害者とされる人間にも人権があります。片方の訴えだけで警察が動くには「客観的に事実を証明できる文書」に基づいた告発が必要なのです。

 この準備をしてから、学校、教育委員会などと文書で善処を求めて交渉すれば警察が出動するまでもなく解決することが多いと確信しております。くどいようですが資料なしの「手ぶら」で言葉だけの交渉では思う結果は得られません。


この日記を書くことを見につければ、ストーカー、パワハラ、セクハラなどの多くの犯罪的行為からあなたの身を守ります。


生物の世界は強いものがよわいものを食べるという「弱肉強食」の掟(おきて)が原則になっている。

しかし、ライオンに捕食される鹿がライオンに食いつくされて絶滅したことはない。ライオンの数よりも鹿の生息数のほうが圧倒している。鹿は大体全世界で繁栄しているがライオンはほんの限られた地域で人間に守られるように生存している。トラと言えばもう絶滅危惧種になっている。

生物界の掟は弱肉強食といいながら生物界は絶妙のバランスをとって全体的には共存共栄してきた。

その生物界のバランスを崩して、毛皮を取るために動物を殺し、サイのツノを漢方薬するためにサイを殺し続けて、多くの動物、植物をもうほとんど絶滅に追い込んでいるのは人間の仕業である。

ある科学者はマンモスを食いつくしたのは人間であるとも言っている。

人間こそがこの地球上で一番獰猛(どうもう)な動物であると言っていい。

この人間社会は当然であるがこの動物界で一番獰猛な生物である人間によって成り立っている。

第二次世界大戦でアメリカは日本の広島と長崎に原爆を落として、一瞬に二つの都市を焼き野原にして人々を殺戮した。

その後に水爆を開発し、もし原水爆による戦争が起きれば間違いなく人間の全てが死滅するだけでなく、この地球そのもを破壊するだけのパワーを人間社会は保有している。

全く恐るべき生物というのが人間である。

あなたも私もこの人間社会に生きている。

現代日本は民主主義法治国家である。

動物的な「暴力」を禁止しているのが今の日本の掟になっている国家である。

ところが、今から68年以前の日本はとても民主主義法治国家とは言えない社会であった。

明治維新以来日本は軍事体制を強化した。

その基本には明治憲法にも定めた国民皆兵の制度がある。

日本国民の男子は満20歳になれば徴兵検査を受けて等級をつけられて徴兵されて軍隊に兵士として軍務につくのである。

太平洋戦争末期には17歳以下の日本少年兵が約1万人戦死している。

太平洋戦争当時、特高警察などが戦争に協力しないものは「非国民」のレッテルをはって特高警察の思いのままに逮捕して拷問を加えたり、全く不公平な裁判によって刑務所に送りこんだ。

この軍国主義の時代には、現在の日本国憲法の大黒柱である基本的人権の感覚はカケラもない。弾圧、抑圧、軍部の意のままに日本は動かされて、太平洋戦争に突入した。

その結果たった4年程度の期間に約300万人の人々が、銃弾で、戦地で餓死、原爆で兵士、市民が殺された。1945年8月に2発の原爆を落とされた日本はアメリカを中心とする連合軍に無条件降伏をして戦争は終わった。そして、敗戦後日本は新しい憲法、現行の日本国憲法が国民主権を旗印に新生日本がスタートする。

それが今の日本である。同じ日本でありながら、つい約70年前までは猛獣のような暴力で国民が支配されていたことを忘れてはならない。

あなたは、またはあなたの子供がイジメにあっていませんか?


イジメをしている加害者にはイジメは「遊びであり」「楽しみ」であることが多いのです。ですから彼らはとことん「イジメ」を続けます。そしてエスカレートして行くのです。


ご自分の子供がイジメられていることを知っているご両親が少ないものです。


イジメは先進国に共通した現象です。子供が労働力の一員である後進国にはイジメをしている暇はありません。イジメは「時間的な余裕があり」「孤独がおきやすい社会」「退屈な時間の発生」などを背景として起きてくる社会現象です。


新聞、テレビの報道でイジメられた子供が自殺したニュースがあります。最初は、新聞もテレビも大々的に取り上げていましたが、最近は子供が自殺しても追跡して背景をえぐるような報道が少なくなったように感じます。


地方新聞だけの「地方のできごととして」追及が終わってしまっているようです。


新聞にのるほどの事件ではなくても、イジメはどこにでも日常的に継続的に発生しています。


また「不登校」「ひきこもり」はイジメを受けたことに起因している場合が多いといいます。


今までに新聞報道された記事によれば、イジメられている子供がビルの屋上から飛び降りる、首を吊る、また石油をかぶって焼身した子供もいました。飛び降りて死ぬために高い建物の屋上まで行って、屋上から下を見下ろしたときの気持ちはどんなだったでしょう。私にはできません。首を吊るためにロープを用意して高いところにかける気持ちはどんなものだったのでしょう。石油に火をつけるまでに追い詰められた子供の気持ちは、「ただ逃げたい」絶望の毎日を死によって解決しようとしているのです。


ところが加害者は全体に自分がイジメという意識は希薄です。みんなが、仲間がやったことで俺は見ていただけ、たまにはカラカイの言葉を言ったかもしれないが、そのようなことが多く、加害者意識は薄いのです。


イジメられて自殺してしまった子供の両親の悲しさとその悲しさを一生背負って生きる残酷さは想像することもできません。


この文章は時々「イジメられ」の表現を使っています。「イジメ」だけの言葉では、加害者がぼんやりしています。イジメ問題には加害者がいるのです。「イジメ」は暴力犯罪なのです。加害者が見えにくいために犯罪扱いされず、責任追求も関係者全員が逃げてしまっています。


被害者の子供は加害者を知っています。また周囲の子供も知っています。しかし、誰にも語らずに死ぬことが多いため加害者特定できないのです。結局、学校も知らずそして関与せず、親も加害者を知っても証明ができないため加害者の追及はできません。


加害者も自分が加害者であることを他者に責任転嫁して自覚が薄いのです。


誰も加害者を特定してイジメを立証できないことが、加害者の責任追及をできないことがイジメを野放しにしています。時間が経過して、加害者は罪の意識も薄れて行くのです。


遺族の兄弟姉妹、おじいちゃん、おばあちゃんもその不幸をもって行き場のない重荷を背負って生きてゆかなければなりません。加害者は忘れて行く、しかし遺族は忘れない。もうこんな不幸をおこしてはなりません。


自殺に至らないまでも、自殺を考えた子供は沢山います。今まで、イジメは言葉だけのアドバイスや激励でした。行動がともなわないアドバイスでは何の助けにもなりません。私のこの文章の目的は「イジメられ」から脱出する道案内を行動して安全地帯にあなたのお子様を導くことです。