新酷語事典より
『犬猿の仲』
寄ると触ると喧嘩三昧の間柄
『嫌煙の仲』
煙たがって、寄り付こうともしない疎遠な間柄
「私は犬猿の仲かしら」
「お宅はどう?」
「そうね、うちは嫌煙の仲よね。だって主人がそばにいるだけで嫌だもの」
「でも退職金が出るまでの辛抱よ」
《《《😱》》》
日本でも離婚率の高さが際立ってきている。長年、我が国では離婚は少数派であり、ことに女性に対しては「出戻り」と称して蔑視する傾向にあった。それが今、(離婚の)言い出しっぺの過半数は妻側からとされ、取り残された亭主族の晩年が大きな社会問題になりつつある。
何せ、なにも出来ない。炊事洗濯のみならず生活の術の全てを知らない。仕事人間だった者ほど深刻らしい。家庭を顧みなかった天罰か、人徳の欠如かはともかく、孤立による認知症疾患も日々激増というから恐ろしい。
明治以降、日本人の離婚率は約8%で推移していた。それが1980年頃から急増する。2000年以降の低下は、少子化で急減した婚姻数に対しての数値であり、離婚率で見る限り上昇の一途であることに変わりはない。いわば、2016年の離婚数(216.805組)は、同婚姻者の3組に1組が別れたのに等しいことになる。
離婚急増の要因は女性の社会進出や自立に伴う思考の多様化にある。だが、視点を変えた、もうひとつの仮説が面白い。住居の洋風化であり、ことに対面キッチンにあるというのだ。
こうした生活様式は1980年頃から急速に普及した。居ながらにして全体を見渡すことができる。人気ドラマを見逃すこともない。こんな便利なものはない、と思いきや、そうでもないらしい。独立型キッチンの時代には想像もしない光景を目にすることになる。
家事に追われる傍らには、いつだって亭主族の醜姿が見える。鼻屎をほじりつつ、ソファーに横たわるふしだらな風体たるや、アンコウそのものではないか。しかも辺りは散らかし放題の塵芥で溢れている。イライラも限界に達する。「おーい、お茶!」の命令でもあろうものなら堪ったものではない。堪忍袋の緒は切れ、この日を境に大惨事世帯大戦へと突入してゆく。
これが事実かどうかは分からない。だが、生活様式の洋風化と時を同じくして、離婚も増えていることだけは確かだ。やはり、女性の社会進出や自立に伴う思考の多様化のみならず、和式離れもひとつの要因といったところか。
「で、お宅はどうなの?」
「ドキッ!!」
『犬猿の仲』
寄ると触ると喧嘩三昧の間柄
『嫌煙の仲』
煙たがって、寄り付こうともしない疎遠な間柄
「私は犬猿の仲かしら」
「お宅はどう?」
「そうね、うちは嫌煙の仲よね。だって主人がそばにいるだけで嫌だもの」
「でも退職金が出るまでの辛抱よ」
《《《😱》》》
日本でも離婚率の高さが際立ってきている。長年、我が国では離婚は少数派であり、ことに女性に対しては「出戻り」と称して蔑視する傾向にあった。それが今、(離婚の)言い出しっぺの過半数は妻側からとされ、取り残された亭主族の晩年が大きな社会問題になりつつある。
何せ、なにも出来ない。炊事洗濯のみならず生活の術の全てを知らない。仕事人間だった者ほど深刻らしい。家庭を顧みなかった天罰か、人徳の欠如かはともかく、孤立による認知症疾患も日々激増というから恐ろしい。
明治以降、日本人の離婚率は約8%で推移していた。それが1980年頃から急増する。2000年以降の低下は、少子化で急減した婚姻数に対しての数値であり、離婚率で見る限り上昇の一途であることに変わりはない。いわば、2016年の離婚数(216.805組)は、同婚姻者の3組に1組が別れたのに等しいことになる。
離婚急増の要因は女性の社会進出や自立に伴う思考の多様化にある。だが、視点を変えた、もうひとつの仮説が面白い。住居の洋風化であり、ことに対面キッチンにあるというのだ。
こうした生活様式は1980年頃から急速に普及した。居ながらにして全体を見渡すことができる。人気ドラマを見逃すこともない。こんな便利なものはない、と思いきや、そうでもないらしい。独立型キッチンの時代には想像もしない光景を目にすることになる。
家事に追われる傍らには、いつだって亭主族の醜姿が見える。鼻屎をほじりつつ、ソファーに横たわるふしだらな風体たるや、アンコウそのものではないか。しかも辺りは散らかし放題の塵芥で溢れている。イライラも限界に達する。「おーい、お茶!」の命令でもあろうものなら堪ったものではない。堪忍袋の緒は切れ、この日を境に大惨事世帯大戦へと突入してゆく。
これが事実かどうかは分からない。だが、生活様式の洋風化と時を同じくして、離婚も増えていることだけは確かだ。やはり、女性の社会進出や自立に伴う思考の多様化のみならず、和式離れもひとつの要因といったところか。
「で、お宅はどうなの?」
「ドキッ!!」