昨日はお昼近くから雲も出て来ましたが

青空のあった一日でした

この1週間の天気を思い浮かべると

紅葉もそうでしたが、ほとんど雲一つない

最高の秋日和の白川郷に行けたのだと

つくづく思いました(笑)

 

白川郷で撮った写真は456枚

全部を載せる訳じゃ無いですが

秋バラを挟むと

今週末まで掛かるかもです

飽きて来るかもしれませんが

お付き合い下さいませ(笑)

 

今日は白川郷が見渡せる

城山展望台からです

いつもは展望台まで車で行きますが

今回、初めて歩いて展望台まで・・・

15分くらいで行けたと思います

写真を撮ったり、休憩したりで

正確な時間は分かりません

結構な登り坂でした(笑)

 

右のコンクリートブロックのあるところが

「天守閣展望台」

真ん中が駐車場側の展望台

左の木々のあるところに

白川村文化財の荻町城址の支柱があります

綺麗な風景にラインを入れたくなかったので

言葉での説明になりました

 

 

 

 

「荻町城址展望台」

通称、”城山展望台”・・・

でも、下は”天守閣展望台”(笑)

 
今回はちょうど逆光の位置だったので
こちらには行きませんでした

 

駐車場からすぐの展望台からの眺望

ここからだと白山が木々で隠れてしまいます(笑)

 

特に冬の風物詩

雪の白川郷は有名ですね

例えば、こんな感じ

 

 

 

「荻町城址(おぎまちじょうし)」

 

余談ですが

荻(おぎ)と萩(はぎ)・・・

よく見ないと間違い易いですね

「荻(おぎ)」は、けものへんで

ススキによく似た植物

「萩(はぎ)」は、のぎへんで

秋の七草のひとつ

合掌造り集落の白川郷の地名は

岐阜県大野郡白川村荻町(おぎまち)です

 

荻町城の築城時期は不明です

南北朝時代に南朝の公家が

隠れ住んだと伝わります

戦国時代は帰雲城城主・内ヶ島氏が白川郷を支配し

この荻町城に家臣の山下氏勝を入れ

その後、天正13年(1585年)の大地震で滅亡後

尾張徳川藩に属したと言われます

 

 

「帰雲城(かえりくもじょう、きうんじょう)」

内ヶ島氏の帰雲城は

現在の合掌造りの集落の白川郷から

車で地道を10分ちょい位の所にある

白川村保木脇ありました

天正13年(1586年)の天正地震で

帰雲山が崩壊し、城や城下町共々

埋没してしまいました

このため、内ヶ島一族は

すべて死に絶えてしまいました

内ヶ島氏の領内に金山があったことから

数千億~2兆円の大金があったのでは

ということから、埋蔵金伝説で

とても有名なところです

400年以上経った今も

その埋蔵地が発見されていません

 

ぽつりと祠が・・・

 

山を人工的に平たんにしていることから

ここには防御施設や家臣たちの住まいなどが

あったと思われます

 

 

 

 

「土塁(どるい)」

 

「空堀(からぼり)」

 

読みにくいですが

「世界遺産 白川郷合掌造り集落」

と刻まれています

 

 

木々に遮られますが

こちらからも少し角度が違う眺望が見られます

 

 

 

 

さて、下って、集落を歩くことにします