昨日から、いよいよ
大河ドラマ「麒麟が来る」の放映が
始まりました
岐阜県内では2ヶ所
パブリックビューイングがありました
我が街では
岐阜医療科学大学可児キャンパスで
藤田伝吾役の徳重聡さんが
岐阜市では
岐阜グランドホテルで
斎藤道三役の本木雅弘さんが
登場したそうです
我が県ではロケは今のところやってませんが
昨日の我が街にある明智荘(あけちのしょう)の
田園では段差がありましたが
実際には平地です
ただ、その時の山は合成なのか
見える山々の雰囲気はよく似ていました
放送最後の明智荘の紹介では
今の風景が放送されました
最近の明智荘の写真を撮っていないので
今、ここには載せませんが
今月中には
明智城址も含め、一度記事にしたいと
思っています
浄妙寺(じょうみょうじ)は
臨済宗建長寺派の寺院で
山号は”稲荷山(とうかさん)”
詳名は「稲荷山浄妙広利禅寺」といいます
鎌倉五山の第五位
本尊は釈迦如来
開基は足利義兼(鎌倉幕府の御用人)
開山(初代住持)は退耕行勇
鎌倉三十三観音第9番
「浄妙寺」
HPは無いので鎌倉観光公式ガイドから
https://trip-kamakura.com/place/183.html
ここは鎌倉五山の寺院ですが
正直、鎌倉らしさを余り感じなかったので
ささっと、回ってしまいました
当時は七堂伽藍を完備し
塔頭23院お数える大寺院でした
平成3年に復元された枯山水庭園
「花塚」
年に1回花の供養があるそうです
今は花はほとんどありませんが
花の寺院としても有名だそうです
「本堂」
寄棟造の銅板吹きで{起り}と呼ばれる
膨らむような形の屋根が特徴
現在の本堂は
宝暦6年(1756年)に再建されたという
本堂裏に足利尊氏の父である足利貞氏の墓と
伝わる宝篋印塔(ほうきょういんとう)がありますが
一般のお墓もあり、行きにくかったので行っていません
「喜泉庵(きせんあん)」
枯山水の庭園を眺めながら
お茶と和菓子をいただけます
浄妙寺の後
一条恵観山荘に向かいました
一条恵観山荘(いちじょうえかんさんそう)は
後陽成天皇の第九皇子で、摂政・関白を2度務めた
一条恵観(昭良)が一条家別邸として
正保3年(1646年)頃に京都西賀茂に建てられたものです
昭和34年鎌倉のこの地に移築され
庭石や枯山水、建物も当時のように配置されました
また、昭和39年国の重要文化財に指定されています
一般公開されたのは平成29年7月からです
「一条恵観山荘」
ここまでは事前に行きたいと思っていた名所でしたが
行ったのは1月5日
この日は休園(1月11日から開園)で
入ることが出来ませんでした
「足利公方邸跡」
北条政子の妹を妻とし源頼朝と共に
鎌倉幕府創生に活躍した
足利義康が屋敷を構えました
室町時代には足利公方(鎌倉公方)の御所となり
この場所から関東以東を治めました
今は閑静な住宅があるのみで
その面影も全く感じられませんでした
https://kamakura-guide.jp/ashikaga-kuboutei-ato
「大慈寺跡(だいじじあと)」
建保2年(1214年)に第三代将軍・源実朝が
建立した寺院
大伽藍が建ってたというが
礎石も無く、住宅があるのみで
幻の如く消えてしまっています
一条恵観山荘までが事前の予定スポットでしたが
鎌倉駅の観光案内所で地図を貰った時に
十二所(じゅうにそ)という地名に惹かれ
光触寺、明王院、十二所神社に
行く心算で歩いて来ました
もう、この時点で明王院は見つけれず
通り過ぎていました(笑)
十二所神社・・・
この左手だったのに
先方に切り崩された山が見えたので
これは何かという興味が湧いてしまい
この金沢街道の坂道を歩いてしまいました
また、地図にあった「大刀洗」にも惑わされ
行った先は
鎌倉霊園でした(苦笑)
「鎌倉霊園」
ここは西武グループの運営です
http://www.kamakurareien.or.jp/
「大刀洗休憩所・売店・トイレ、管理棟」
「斎場」
地図を見ると
「鎌倉七切通し(鎌倉七口)」のひとつである
”朝比奈切通し”に近かったので
行ってみようかと思いましたが
大雨による土砂崩落の危険があるということで
通行止めになっていました
そういうことで
十二所神社に向かうべく
トボトボと坂を下りて行きました





























