下の案内図にあるように円空さんの入定の地は弥勒寺史跡及び周辺にあります
入定(にゅうじょう)とは、高僧の死のこと
円空さんは美濃国に生まれ、最後は美濃国で没した江戸時代前期の修験僧、仏師、歌人として、
特に各地に「円空仏」と呼ばれる独特の作風を持った木彫りの仏像を彫ったことで知られています
生涯に12万体余の仏像を彫ったと言われ、現在約5,300体以上の像が発見されています

弥勒寺の寺伝に拠れば、64歳の時に己の死期を悟り、ここの地に長良川河畔に穴を掘り、
食を絶ち、多くの里人に見守られながら念仏を唱えながら自ら土に埋もれ入定を果たしたと
伝わります





周りは住宅に囲まれていますが、南側は長良川に面した場所です


「鮎之瀬橋」
左側の袂に小瀬鵜飼い乗り場があります

上の鮎之瀬橋から、ここ周辺を中心に上流の間で小瀬鵜飼いが行われます
宮内庁 式部職鵜匠に任命されているのは全国で、ぎふ長良川鵜飼6名とこの小瀬鵜飼い3名の9名だけです
「小瀬鵜飼い」・・・岐阜の方言版のHPから

ぎふ長良川鵜飼は観光的要素が強いですが、ここの鵜飼いは古式の鵜飼いが見ることが出来ます
乗ったことがありますが、周辺が暗く、かがり火がより輝き、静寂の鵜飼いと言う感じで、こちらをお勧めします

弥勒寺から、また円空館から竹林を歩くと円空さんのお墓への下の看板に出会えます

「円空さまのお墓」
入定の地から真っ直ぐの道はありませんが、北に一直線に300m無いところにあります



山の斜面にあります

當(当)寺中興
ユ(弥勒菩薩の梵字) 圓(円)空上人
元禄八年(1695年)乙亥天七月十五日(花押)
※上人(しょうにん)とは学識や人徳にすべてに卓越し、人々を導くに相応しい高徳の僧侶のこと
あるいは本寺から離れ、別所で隠匿したり、回国遊行して修行、作善勧進する僧侶のこと
※中興とは一度衰退したり、途絶えたものを復興させること、させた人のこと
※元禄八年は「生類憐みの令(貞享4年=1687年に制定)」の江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉の時代
この元禄八年に大久保・四谷・中野に犬小屋を建設し、江戸の町から10万余の犬が収容されました

