「覚えているよ。いいピッチャーがいて、フォークがいいという印象だった」と江川が嘯(うそぶ)くと、遠藤は「いやいや、フォークはプロに入ってからだから」とすかさず突っ込む。「ああ、プロに入ってからの話ね」と、江川はとぼけてみせた。
プロではほとんど言葉を交わしたことがないふたりだが、同級生という縁もあってか、阿吽の呼吸で会話は弾み、場の空気は終始和やかだった。
1980、81年に最多勝を獲得した江川に対し、83、84年は遠藤が最多勝に輝いた。江川がプロ4年目の夏に肩を痛めると、その後を引き継ぐかのように遠藤がピークへと駆け上がり、2年連続で最多勝を手にした。
江川が最も速い球を投げていたのは高校時代ではないか。そんな議論は、いまだに交わされる。遠藤が「160キロは出ていた?」と尋ねると、江川は真顔で「いや、170キロ」と返した。一見、仏頂面の遠藤も思わず笑みをこぼし、江川はしてやったりといった様子で満足げだった。
「空白の一日」によって、江川はプロ生活9年間、常にダーティーなイメージを背負うことになった。引退後、テレビを中心に活躍の場を広げるなかで、キャラクターを変えたと思われがちだが、実際はそうではない。もともとコミカルで口達者、人を笑わせることが好きな性格だった。