ミツバチは上昇させた体熱で大敵のスズメバチを殺すらしいが、このことから鑑みても地球の敵は人間で間違いない。
先日、私室の温度計が30度を記録した。この子供部屋にはエアーコンディショナーがノーインストールなので、飛び込んでくる蚊に耐えながら窓を開ける程度の抵抗で精一杯だ。今日はそんな私が毎年茹で羊羹にならない秘訣を教えよう。
まず横になってから、この続きを読んでほしい。これは当時の私の再現だ。
今から、本当にあった怖い話をする。
まず事の発端は、四年前の11月である。当時私は1年生で、ロボット研究部に所属していた。
ロボット研究部は鬼だった。ていうか鬼が居た。鬼と悪魔と杉本が居た。要するに地獄そのものだった。
月月火水木金金とかいう鬼のようなスケジュールと、そして鬼のような先輩。大会から戻ってきた満身創痍の我々へ、ねぎらいより先に「お前らはゴミだ」と侮蔑を吐き捨てられたことは今でも忘れていない(注1)。こっちは人が怖い話である。
そういうわけで、大会後の私は精神が参っていた。近づくテストと、家族に会えない心労(私は当時寮生であった)も相まって、本当の本当に限界であった。具体的に言うと蕁麻疹とか出た。腹に水瓶座と見紛うような蕁麻疹が出た。
本当に「ヤバいかも」と感じたのは次の月である。幻聴だ。部屋にいるのに話し声が聞こえるのだ。しかも声が当時の先輩に良く似ていて、「化けて出るならまず死んでくれ」と切に思ったのを覚えている。
そんなことがあってしまって、私はついに部活動を辞めた。これにより幻聴や蕁麻疹(ついでに肩凝り腰痛頭痛心の痛み)は一度癒え、私は穏やかな日常を取り戻したのであった。
暫く続いた幸せな生活が瓦解したのは、翌年五月半ばである。私は二年生になり、寮は六号館へと移った。六号館と言えば高専きっての心霊スポットであり、私も在寮中に恐ろしい体験をしている(注2)。
某日、それが起きたのは風呂場であった。その日の私はいつものように、髪をシャンプーしたかしてないか忘れながら(大抵しているが、不安になってもう一度洗う)、友人と談笑をしていた。
ふと指に違和感を覚える。ちょうど泡も流し終えて、手のひらには若干の水が残るのみと思われる頃合だ。不思議に思って瞑っていた目を開けると___髪。
指に、爪に、手首に絡まった髪、髪、髪髪髪。そのあんまりな量に「ぎゃっ」と悲鳴が出るのをすんでで抑えて、慌ててそれらもシャワーを当てる。当然ながら、瞬く間に排水溝へと吸われていった。
風呂場で大量の髪といえば、直近で思い出されるのはやはりホラー映画「貞子vs伽椰子」(2016年)では無いだろうか。誤って呪いのビデオを見てしまった女子大学生が自宅の風呂で貞子を目撃するシーンは、「逃げ場のないこと」による恐ろしさをよく表現していたと思う。
そしてもう一つ引っかかったのが、六号館の浴場に関する根も葉もない噂だ。なんでも脱衣所の天井にある黒ずみが、女子生徒の首吊り自殺によるものである……とかなんとか。私はホラとホラーの区別がつかないタイプなので、「いやまさかな」みたいな気持ちが無かったとは言いきれない。サンタクロースも信じている。
とにかく、次の日からその風呂場を使用するのは止め(六号館には風呂場が二つあった)、この件も一度は収まった。友人らに聞いても同様の事例はなく、「幻覚だったのではないか」と思うことにした。
しかしその約一週間後、私はさらなる恐怖に襲われる。
その日は休日だった。昼前に目覚ましが鳴り、私は目を擦って体を起こす。午後からは友人たちと遊びに行く予定で、呑気に「そろそろ着替えるか」などと宣いながら、手ぐしで髪を解かし___ぬるっと。
何かが、ぬるっとした。おおよそ髪とは似つかない触感のそれが指にあった。こう、鶏皮のような、皮膚のような、トカゲの腹のような。今度こそ私は「ひい」と叫んで、足をもつれさせながら補食室に向かったのである___当時、友人が撮影した恐怖写真がこちらだ。
お分かりいただけただろうか。
もう一度ご覧頂こう。
(ここで女性の悲鳴のSE)
専門家(皮膚科主治医)によると、「ストレス性による円形脱毛症は半年後に発症する」ということらしい。半年前とはつまり大体例の時期で、私はなるほどなあと相槌を打ったりした。
ちなみに本当に怖い話はここからで、私はひとつ屋根の下に同居する友人たちからこのハゲを隠し通す生活を余儀なくされた(注3)。薬を塗る関係で同室にはハゲをカミングアウトする必要があり(「髪ングアウトだね」とか言われた)、唇を噛み締めながら「実はハゲとるんやけど」などと親が卒倒するような切り出しをする羽目になった(注4)。
さて、ここまでわざわざ長文を読んでくださった皆様。もしかしたらこの恐怖を鼻で笑い、「涼しくならなかったからエアコンでも入れるか」などと思ったかもしれない。しかし、その考えは安易ではないだろうか……これは霊によるものではない。世にも奇妙な物語でもない。現実であり、事実であり、実在する人物にはこれでもかと関係がある。
よって、この言葉で締めとさせていただく。半年前以降にストレスを受けていた方。今ストレスを受けている方。昨日、やたら髪が目に付いた方。次に後頭部が涼しくなるのは……貴方かも知れません。
注1:現在このようなことは無いので、入部を考えている一年生諸君はひるまないで欲しい。君を迎えるのは鬼ではなく、女装コンテストに命をかけているお兄さんだ。それもまあ、怖い話ではあるが。
注2:廊下端の角部屋に泊まった際、部屋の前を横切った人影がいつまで経っても戻ってこない、という経験をした。その日は女子三人で恐怖に震え、シングルのベッドに肩を寄せあって眠った。あんまり狭いものだから、柵に押し付けられた起床後の腕はボンレスハムの様相であった。
注3:色んなものを犠牲にしたが、当時最も付き合いのあった友人には完治まで発覚しなかった。めでたしめでたしである。
注4:思いの外受け入れられた。


