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カクシンハン「じゃじゃ馬ならし」

8/4(木)14時・19時、8/5(金)17時公演@ゴールデン街劇場で3回観劇しました。
☆ネタバレありの感想です。

簡単にまとめれば、物語自体(特に原作)はどうなの!?でしたが、カクシンハンのキャストは好き!

シェイクスピアの喜劇は、A「お気に召すまま」、B「恋の骨折り損」、C「夏の夜の夢」は観たことがあり、どれも結構楽しめました。
(気がつけばAとBは蜷川さんのall maleシリーズ、Cはスタジオライフだったので、全部男性キャストでしか見ていない…w)

「じゃじゃ馬」は「じゃじゃ馬な姉とおしとやかな妹を巡る話、ということしか知らずに気軽に出かけたら… 以下、あらすじ。

【酔っ払いのクリストファー・スライ(穂高)が酔いつぶれ、周りの人が「自分は殿様だと思わせよう」と悪ふざけをし、以下の劇中劇が演じられる。
目が覚めたスライは、ペトルーチオとして劇中劇に参加する。

パドヴァの貴族、バプティスタ(杉本政志)には二人の娘がいる。美しくおしとやかな妹のビアンカ(河内大和、岩崎MARK雄大のW)は男性のマドンナ的存在だが、パブティスタはじゃじゃ馬な姉のキャタリーナ(真以美)が結婚するまではビアンカを結婚させず、家の中に閉じ込める。
ビアンカと結婚したい貴族のグレミオ(阿久津紘平)とホーテンショー(神保良介)は結託してキャタリーナを誰かと結婚させようとする。ピサからやってきた裕福な商人の息子・ルーセンショー(大津留彬弘)もビアンカに一目ぼれする。

ヴェローナから来たペトルーチオ(穂高)が、キャタリーナの高額な持参金目当てに彼女を強引に口説き、結婚する。同時に彼は妻を「馴らし」始める。
食べ物を与えない、眠らせない、美しいドレスを与える振りをしては取り上げる。

一方ビアンカはルーセンショーと結婚し、彼女をあきらめたホーテンショーは未亡人と結婚。
キャタリーナは、ビアンカの結婚式のためにパドヴァに戻る時にはすっかり従順になり、ペトルーチオが太陽を「あれは月だ」と言えば、太陽を月だと言うようになる。
ペトルーチオがルーセンショーとホーテンショーの二人に、誰の妻がいちばん従順か、賭けを持ち掛け、それぞれの妻に、早くここに来るようにと召使に呼びにやらせる。ルーセンショーとホーテンショーが全く予想しなかったことに、キャタリーナがいちばんに現れ、他の二人の妻は「用事があるから」「どうせおふざけでしょ」と夫の元に来ようとせず、ペトルーチオが賭け金をせしめる。】
→この後の、カクシンハンならではのラストは次のブログに。

【ビアンカのキャラクター】
美人で大人しい妹のビアンカ。姉のキャタリーナは妹に向かって癇癪を起こし
「(父親に)甘やかされて!ウソ泣きが得意なんだから!」と叫ぶ。

河内大和さんのビアンカは、話し方や仕草を思いきり「ぶりっ子」にして、「かわいらしさ」で攻める。

ペトルーチオに強引に連れ去られる姉のキャタリーナを見たビアンカは、
「自分が狂っているから、狂った人と一緒になるんだわ。」と冷静に言い放つ。
周りにいた父親や、彼女の崇拝者たちは、一瞬「え、今のは可愛いビアンカちゃんが言ったの!?」という顔をするのですが、
そこで河内ビアンカも、「はっ!いけない!」と気づいた顔でまたブリブリ路線(笑)に戻る。ビアンカの本音を垣間見せるこの場面がさすがでした。

ビアンカはルーセンショーが気に入り、双方の父の許しを得る前に結婚してしまう。
結婚する前に、いちゃいちゃする二人。
河内さんとルーセンショーの大津留さんは、ずーっと軽いキスを続けていて、二人が小鳥みたいにかわいく見えました。

その場面で、岩崎さんのビアンカは、大胆不敵な大人路線。
小悪魔的なエロスを振りまいていました。(私の拙文では描写しきれないw)
たまたま岩崎さんの回は開演直前に行ったので最前列になってしまい、
(他の方のツイートにもありましたが)なんだか直視できなくて視界の端で見ていました。
(後でもったいなかったなと後悔…笑)

【ルーセンショー 大津留彬弘さん】
どちらのビアンカの時も、恋に落ちた若者らしいキラキラがあってチャーミングでした。良家のお坊っちゃまの雰囲気もばっちり。

【ペトルーチオ 穂高さん】
劇はスライが飲み屋に客として一人で座っている場面からスタート。
もじゃもじゃの長髪+ヒゲ、レイバン風サングラスにGジャン。
無言で煙草を手にしているだけで、そのままゴールデン街や歌舞伎町に出たら人に避けられそうな迫力。
(外見だけのイメージですが、イージーライダーのデニス・ホッパーを連想。
雄大さんのインスタにはジョニー・デップとあって、なるほど!)

酔っ払いのスライから目覚めて自分を金持ちの殿様と思い込む。劇中劇を舞台端で座って見ていて、立ち上がると下手壁際の小さな椅子に上がって、ペトルーチオとして台詞を語り始める。
この時の姿勢が、膝を少し曲げて重心を落とし、両肘を直角くらいに曲げて胸の前へ。その姿勢でずーーっと静止したまま、ペトルーチオの長ーい独白を、棒読みに続ける。

これは相当体に負荷がかかって辛い体勢だと思うのですが…
1日2回公演の昼・夜・夜と観て、全く台詞に乱れがない穂高さんはすごい。
で、シェイクスピアの長い独白は、普通に聞くと飽きがくることが多いのに、この体勢と抑揚の無さは何??と思うと観ている側もすごく集中して引き込まれる。

サングラスで表情が見えない+抑揚がない=冷酷非情な感じも強くなる。声も、普段よりわざとガラガラ声にしている?

あと、あの体勢は、ペトルーチオはキャタリーナを支配しようとしているけれど、彼は彼で、何か(固定概念)に縛られているということを表しているのかな?

穂高さんは二枚目なのに、サングラスでお顔が見えないっ!ではありますが(笑)、目がとても優しいので、目が見えているとペトルーチオの雰囲気を出しにくいのかも。

キャタリーナとの結婚式の時間ぎりぎりに戻ってきたペトルーチオは、結婚だ!結婚だ!と言いながら衣装を脱ぎ捨て、それから最後までパンツ一枚とブーツだけの姿に。
「そんなみっともない格好で結婚式に出る訳にはいかないだろう!」と大反対されますが、原作でもそんな下着だけの姿なんでしょうか。

なんにせよ、wildでsexyな穂高さんはかっこよく、すごい熱量の演技は圧巻でした。

カクシンハン「リチャード三世」「ヘンリー六世」その2

ヘンリー六世=通常は一部が23時間×3で、通し上演だと合計69時間になる作品を、一部を1時間強、合計3時間半くらいで上演する試み。

さらに「リチャード三世」の2時間半まで、一日で一気に上演!

(土曜だと13時のヘンリー1部が開演から、19時からのリチャードが終わる2130頃まで、8時間半くらい劇場に滞在。役者さんやスタッフさんは10時間を超えると思います。)

でもダイジェストを見ている感じがなく、ストーリーが自然な流れになっているのがすごい。

さらに一人の役者さんが(多い人では)10役くらいを(+男女も超えて)瞬時に演じ分けている。

(フランス王シャルルと、彼と戦う英国軍のサフォークが同じ人だったり、

王位を奪い合う敵同士の二人が、次の場面では父と息子、さらには夫婦になったり。)

それもほぼ混乱することがなく、自然。

カクシンハンの大きな特徴に「疾走感」があると思う。

畳みかけるようにどんどん物語が進み、だれる間がないのは、

セット転換のための暗転がほとんどないことが大きい。

舞台上には(主に殺された)死者が退場する四角い奈落があり、奈落の蓋は持ち上げると王座を載せる台や演説台になったり、テーブルになったりする。

そのセットのままで、ヘンリー六世とリチャード三世の全場面が表現されているのがすばらしい。

このセット転換のための暗転を嫌う(だから極力シンプルなセットにする)のは、栗山民也さんや、特に白井晃さんの演出とも共通して、好き。

あ、あとミュージカル「タイタニック」と「グランドホテル」を演出した、

イギリスのトム・サザーランド氏も。

カクシンハン、白井さん、トム・サザーランドさん、いずれも

数少ないセットの移動は、ほぼ出演しているキャストがやっているので、

暗転で芝居が途切れることがない。

単純なことのようだが、たとえばグランドホテルならホテルのデスクとかもキャストが動かしているので、

不自然に見えないようにするのは高度な演出センスが(+キャストの技量も)要ると思う。

(ミュージカルはまだ、歌の間に動けばそれほど不自然でないけれど、ストレートプレイではなおさら)

疾走感のもう一つは、ユージ・レルレ・カワグチさんによる生ドラムの音楽。

(今回、ヘンリー六世の第1部では、カホンとHAPIドラムという木魚のような打楽器も使っていました。)

戦争に出陣する行進の太鼓はもちろん、

ヘンリー六世が足をどんっ!と踏みならす時のドラム、

殺陣で、腹部を刺されるドスッというバスドラム、

首を剣で斬られる時のシャリーーンというシンバル。

ピアノ一台だけの伴奏というのは割りとよくありますが、

一台でオーケストラと言われるピアノと違って、

ドラムでここまで多彩な表現ができるのに驚き。

効果音というのは遥かに超えている、まさに演技と一体になったものでした。

ほんの少しでもタイミングがずれれば、間が抜けた感じになってしまうので、

キャストの方と同じ稽古時間を費やしての成果だと思います。

リチャード三世での幕間のトークでも、とにかくユージさんからカクシンハンへの愛が溢れていました。

ストリートドラマーであるユージさんを見て、共演を考えたカクシンハンの方もすごいし、

UKラバーだと思うユージさんとカクシンハンの運命的な出会い?に不思議を感じました。

カクシンハン「リチャード三世」

カクシンハンの作品を観るのは、前作のジュリアス・シーザーに続いて2本目。

ジュリアス・シーザーもとても面白かったですが、今回のリチャード三世とヘンリー六世はさらに大きくステップアップしていました。

感じたことのごく一部しかまだ書けていないのに、やたらに長い感想です。

「リチャード三世」

リチャード三世は、背中に大きな瘤があり、両足の長さが違う醜い体に生まれたため、生まれた瞬間から実母(ヨーク公夫人)に疎まれている。

カクシンハンでは、暗めに赤黒い血管のような映像が背景に映し出され、

どくっどくっという心臓の音。

背景手前の窪みから、リチャードの足先だけが少しずつ現れ、最後に全身が舞台上に乗ってリチャードが産み落とされる。

リチャードが居た場所に、赤ん坊を抱いたヨーク夫人が立ち、生まれた我が子を見て悲鳴を上げ、取り落とす。

その母をピストルで撃つリチャード。

暗転して、ヨーク家の全員が華やかにそろい、「はい、ヨーク!」()の声で

記念撮影のポーズのまま静止。

そこからリチャードだけが動き出し、「さあ、俺たちの不満の冬は終わった。」で始まる、原作の独白に入る。

前作のジュリアス・シーザーでもそうでしたが、カクシンハンの作品は

とにかくオープニングからつかまれる。(だから絶対遅刻はNG!)

胸を衝かれたのは、大人のリチャードが王宮の中で母に出会い、祝福の言葉を求めるところ。

母のヨーク夫人(のぐち和美さん)は、一見ごく普通に祝福の言葉を掛けるが、リチャードと目を合わせない。

そして、最後の「めでたく天寿をまっとうしますよう」を省いて、すっと立ち去ってしまう。

「驚いたな、お省きあそばしたか。」と呟くリチャードの表情。

母への憤りよりも、自分の母への想いは叶わないのがわかっているのに、また期待してしまった自分に対する悔しさを感じた。

リチャード三世に息子二人を殺されたエリザベス元王妃(岩崎MARK雄大さん)、

息子エドワード王の死を嘆くヨーク公夫人、

ヨーク家を恨み、自分の復讐が叶ったという老いたマーガレット王妃(葛たか喜代さんと奥山美代子さんのW)。

この三人がそれぞれ自分の嘆きを訴える場面はハイライトの一つ。

私はリチャード三世2回→ヘンリー六世三部作を2回→リチャード三世と観たのですが、

ヘンリー六世を見てからリチャード三世を見ると、

「私には○○がいた。誰々に殺されるまでは。」という三人の台詞で、

その人のキャラクターや亡くなり方がイメージできるので、三人の悲しみが

より迫って感じられました。

原作にはありませんが、この場面では「ヘンリー六世」で若き日のマーガレットを演じた真以美さんが

三人の後ろに立ち、赤ん坊を抱いてむせび泣いている。

それで、息子をリチャード三世に殺された老マーガレット王妃の

恨み・嘆きの元がよく伝わってきました。

その三人が、リッチモンドとの戦いに出陣しようとするリチャードに、怒りの言葉をぶつける。

母ヨークの「お前がこの世に生まれてきたのは、この世を私の地獄にするためだ。

私がお前と一緒にいて、楽しいと思えた時があっただろうか?」

リチャード「ないでしょうね。私がそれほど目障りなら、進軍させて下さい、ご不快を招かぬよう。」

そこで母ヨークは(客席に背を向けて)リチャードを正面からぎゅっと抱き締める。

抱き締められることに慣れていないリチャードの、びくっ!とする表情。

そして聞いた言葉は…

「血に飢えたお前は、血みどろで死ぬだろう。

生き恥をさらすお前は、死ぬ時も恥にまみれる。」

短い人生でほとんどない母からの抱擁が、戦いでの自分の死を願う祈りだなんて。

この後リチャードは、リッチモンドとの戦いに敗れる。

原作では、「馬だ!馬をよこせ!代わりに俺の王国をくれてやる、馬!」

というのが最後の台詞で、リチャードは退場。

次の場面でリッチモンドと戦い、リチャードは殺され、その死体が運び出される。

そしてリッチモンド伯が、ヨーク、ランカスター両家の分断により

長きにわたって狂気に取りつかれたイングランドの戦いの終わりを宣言する。

「リッチモンドとエリザベスの二人が、神の思し召しによって、

それをひとつに結び合わせる。

今や内乱の傷はいえた。命を吹き返した平和が

神のご加護によって、ここに末永く保たれますよう。」

カクシンハンでは、リッチモンド伯(真以美さん)がリチャードを後ろから刺すと同時に、抱きかかえてこの最後の台詞を言っているので、彼への救いの言葉のように聞こえる。

リッチモンド伯は男性ですが、真以美さんが演じることで、聖母子像のピエタ

(十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリア)のようなイメージ。

そして最後に、赤っぽい裸電球のような薄暗い照明の中にリチャードが一人。

「馬をよこせ、馬!うまぁ!まぁ…」に赤ん坊の産声が被さり、暗くなる。

うまぁ…と言いながら倒れていくリチャードは、微かに笑って見え、

母からの呪縛、不自由な肉体の枷から解放されて自由になったようで救いを感じられた。

ただ一人リチャードを裏切ることなく忠実だった騎士ケイツビーが、

苦しい戦いで錯乱したリチャードに刺されて死んでしまう場面も大好きですが、

これも原作にはない。



全体を通じて、木村龍之介さんの演出が、原作よりもリチャード三世に寄り添っている感じ。

そして演じる河内大和さんの魅力もあって、自分が王位を得るために実の兄弟や親族を殺していても、

どこか憎めなくて、むしろリチャードの味方になりたくなってしまう思いに駆られました。

冒頭の「はい、ヨーク!」は、同時上演の「ヘンリー六世三部作」のラストシーンでもあり、二つの作品の時系列が繋がる接点になっている。

しかも、リチャード三世では客席に向かってポーズ、

ヘンリー六世では背景側に向かってポーズという表と裏になり、

華やかに見える表側に対し、実はその裏に隠れていたのは…

(リチャード三世に殺されたヘンリー六世の亡骸)

オープニングと終盤の演出に脱帽でした。