長きに渡る戦乱の世に、徳川家康が終止符を打った。
戦国時代に終わりを告げた日本にとって、戦いに明け暮れた者たちを
必要とする場所は、もうすでに過去のものとなりつつあったのだ。
そうした時代にあって、ある者はあらたな活躍の場を求め、また
ある者はそんな日本に馴染めず、数多くの武士や荒くれ者達が、
海を渡り、新天地、東南アジア各国へと渡っていった。
有名なところではシャムで活躍した山田長政がいるが、
それ以外に数多くの日本人が、いわば「日僑」ともいえる存在として
各地に日本人村をつくり、現地に足跡を残していったのだった。
現地で家族を持ち溶け込む者、持ち前の腕っぷしを買われ、軍人と
して活躍したものなどがいた。
また世界に目を転じてみると、いわゆる「大航海時代」の真っ只中に
あたり、スペイン・ポルトガルをはじめヨーロッパ各国がアジア諸国に
出没していた時代だった。
戦国時代を通じて、日本国内で人さらいが横行していた事実は、
あまり知られていない。いわゆる「内戦状態」であった日本では、
戦に負けることはその地のありとあらゆるものが収奪されていく事を
意味していた。人々はそれをただ見届けるしかなかったのだ。
そして、収奪されるものの中には「人」も多数含まれており、
数多くの人々が、人さらいによって、生まれ育った地から連れ去られ、
各地へと連れて行かれたのだった。
そして、大航海時代を迎えて日本にも出没していた欧米諸国の中には、
そういった「奴隷」同然の身の上となった「日本人」を買い取り、
海外へと「輸出」することを商売とする者達も現れてきていた。
特に九州地方で横行しており、戦国時代後半から江戸時代初期にかけ、
それらを取り締まる文書や命令が、各大名から発せられていたのは
厳然たる歴史的事実なのだ。
自ら異国の地へ赴いた者、自分の意に反して海を渡った者、それぞれが
今は遠くなった自らの故郷に思いを馳せ、身を寄せ合って暮らしている
事実が戦国から江戸にかけての、日本の転換期に実際に存在したことを
読者の方は、頭の片隅にでも覚えておいて欲しい。
そしてロドリゴが送り返した日本人たちと言うのは、そういった彼ら達
だったのだ。ある意味、もう一度故国の地を踏むことが出来たと言う
その一点でのみ考えれば、彼らは幸せなもの達だったと言えるかもしれない。