みなさんこんにちは。

大津京にございます音楽教室代表のブログです。

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私が小学校2年生の頃。

叔母がジャイカ隊員をしていた関係で、

私と祖母とベトナムに旅行に行ったことがあります。

そこではベトナム戦争の資料館に行ったり(怖すぎてトラウマだし霊感ちょっと芽生えた気すら魂が抜ける

ベトナム料理を堪能したり(小2には美味しいと感じられず、寝たふりオエー)。

 

 

中でも1番記憶と感情に残っているのは

ストリートチルドレンと駆けっこして遊んだこと。

日本でごく一般的な家庭で育った私は、

ピンク帽子に、Tシャツ、ズボン、スニーカー。

ストリートチルドレンたちは、

よれよれの服に裸足。

私たりは同じコンクリートの道で一緒に駆けっこをして楽しみました。

が、私は彼らがなぜ裸足なのかなぜ家がないのかなど、詳しくわからないまま。

きっと叔母は説明してくれたのだろうけど、

小2の私がそれをはっきりと理解しているはずもなく、

自分と彼らとの違いに感じる強い違和感だけが残りました。

 

 

別の日。

観光の帰りのバスに乗ろうとしたら、

近くにいた子どもにティッシュを渡され、

私は思わず日本の感覚で受け取ってしまい。

お金を払わなくてはならないと知って咄嗟に返したものの、

私が滞在していたホテルまで走って追いかけてきた子ども。

その習慣の違いに、ベトナムという国が幼心に、とても怖くなってしまったのです。

 

 

今書きながら思い出しました。

シンガポールや他の国に旅した時、

笑顔で挨拶していたら褒められたのに、

ベトナムでは「無闇に笑顔で挨拶をするな」と言われ、

それも私に「ベトナムは怖い国」という感情を植え付けてしまったのです。

 

 

そんな小2の「ベトナムって怖い」と思っていた私は、

ドイツ留学時、家なきこになって、ベトナム人のランさんと同居するという、

考えられないような経験をしますニコニコ

ランがいなかったら、私、本当にどうなってたんだろう・・・

もう、連絡先もわからなくなってしまったラン。

会いたいなぁ。

 

 

そんなことを、ふとした時に、思い出します。

思い出す余裕が、最近、出てきたんだろうな。

私はとても欲深なのですがよだれ

その割にはちょっぴり奉仕精神があるのは、

こういう経験からなのかな。

 

 

経験は買えません。

その点は、母に感謝です。

が、そもそも海外に行くときはいつも母は決まって

「おもちゃと旅行、、どっちがいい?」と聞いてくるのです。

「(ゲームより旅行の方が高いはず・・)旅行!」と答えていた、

この計算高い頭脳の小学生だった自分にも拍手笑い泣き

 

 

叔母の影響もあって、里親制度について調べた時、

私の今の力ではどうしようもないな、というのが現実だけれど、

私の周りにいる息子含め、すべての子どもたちに、

いつも笑っていてほしいなと思います。

誰かに「愛されてる」「大切にされている」ということを

ダイレクトに感じてもらえるようにしたいなと思います。

 

 

 

お〜しまい