あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。
もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。(第一コリント、16,17)
この聖句は、身体を大切にして刺青や髪を染めたりして傷つけたりしない様にと云う教えだけど、その深いトコロを考えていたら、アダムカドモンを思い出し、その象徴図形(生命の樹)を眺めてました。
もしかしたらコレって象徴じゃあなくて事実で、人の中には生命の樹が隠されているんじゃあないかな⁈
生命の樹の実が神の愛の表れなら、生命の樹は神そのもの⁉
其れならば、人が死後神と成ると云う言い伝えも納得出来ます。
最後の審判の後、日の栄に昇栄する時、人の中に隠された神の因子が覚醒して人は神と成れるんじゃあないかな?
その為の条件の一つに身体を故意に傷つけて穢さないって云うのが有って、あの聖句に繋がるんじゃあないかな?
だから、イエス様は人の身体を神の宮と言い大切に扱う様に教えられたんじゃあないかな?
iPhoneからの投稿
もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。(第一コリント、16,17)
この聖句は、身体を大切にして刺青や髪を染めたりして傷つけたりしない様にと云う教えだけど、その深いトコロを考えていたら、アダムカドモンを思い出し、その象徴図形(生命の樹)を眺めてました。
もしかしたらコレって象徴じゃあなくて事実で、人の中には生命の樹が隠されているんじゃあないかな⁈
生命の樹の実が神の愛の表れなら、生命の樹は神そのもの⁉
其れならば、人が死後神と成ると云う言い伝えも納得出来ます。
最後の審判の後、日の栄に昇栄する時、人の中に隠された神の因子が覚醒して人は神と成れるんじゃあないかな?
その為の条件の一つに身体を故意に傷つけて穢さないって云うのが有って、あの聖句に繋がるんじゃあないかな?
だから、イエス様は人の身体を神の宮と言い大切に扱う様に教えられたんじゃあないかな?
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