今日は学校ボランティア。
トータルで表現すると楽しい時間だった。
その中でいくつも葛藤があり、きゅうきゅうがありと。
全て自分の問題なことだ。
Rを見ているとよくわかる。
よくわかるのは、自分が感じやすい子の延長だということだ。
私の場合は、環境から来ているのではないか。
自身がない、自分の存在意義に疑問を持つ、などがそもそもなのか。
いやそれも後付けだろう。
もともと見てくれには気を張っていた子であったことは確かだ。
進路も美容のほうに行きたかったし、靴会社にも情熱で受かったが行けなくなってしまった。
まあ、いわゆる親の反対だね。かわいい言い方すると。
私の内容は全て愚痴の様だが、全て事実だから悲しいものがある。
といっても現状に不満だらけであっても、まったくないといってもいい。
おそらく他者みたら何も満たされていないし、自分でもそう思うが、過去よりはいい。
何よりかわいいRが生まれたことは、奇跡だから~~。
母離れも客観的に行いながらもかわいい寝顔を眺めて、有難い有難いと思う。
今もって食いついてくるRを払い落として屈服させるバトルは時折あるが、
それでも随分と成長している。
何より、その話っぷりが、私とDの発言からインスパイアーされているから驚きだ。
子供って、かわいいね。すんごい悪態なんだけど。親の写し鏡だ。
だから方向転換をはかりつつある。次のステージへ確実に立っているわけだ。
今日、ボランティアへ向かう途中から校庭で運動会の練習をしている姿が見えた。
信号待ちしているから時から思ったが、何かかわいい、ふんとにかわいいぜって口に出しながら自転車を走らせたのは爽快。
とここまでくるとわたしの自己責任は、既に過去のものへとなっていった。
何が足かせになったか。それはまだまだお母さんたちとうまく馴染んでいないという気持ち。
まあ、初対面に近い方々だから当然なんだけど、とってもたくさんおしゃべりしたし楽しかったし、いい時間だった。
のに、そういうところが残るのは、帰りにさっさとひとり去るべきか、待つべきかでうろうろ(気持ち含め)したところか。
まあ、それでもしばらくして、さようなら!って言って行こうとしたら、他のお母さんも帰ったから、
みんなタイミング待ち?!ってほくっとした。まあ、うじうじでももやもやでもぐちぐちでもなく、たんたんと気持ちの行き場がうろうろする。
そんな時間で締めくくったけど、最後に挨拶もしぃで、やっぱりいい時間だったわね。
ってこうやって時間空間をうろちょろするのが、感じやすいひと、の一分なのかなと思ったりする。
だから、このやっかいな部分を子があまり育てない、うまく付き合う様に奮闘はしていこう。
そろそろお迎え。