みなさま、こんにちは。

昨日は2が並ぶことの多い日でした。
普段は、あまり数字を氣にしない私ですが、
昨日はなんか氣になってしまった。

で、撮ってしまった😆


2が7つ並んだ瞬間📸


で、“氣”がたくさん出てきたので
今日は“氣血水”の“氣“の話を。

私は、氣が足りない氣虚と氣の巡りが足りない氣滞
の両方を併せ持ってます。

漢方の先生に診ていただいた時、
あまりの氣の少なさに先生、びっくりしてました。
「大丈夫、夜までもつの?」って。

私自身、人より体力がないかな?と自覚はしていて
疲れすぎないように氣つけながらの生活を
していました。

でも、そう言われて、氣を調えようと思った時、
辞めた事がありました。


氣遣う。
氣にする。
氣を揉む。
氣に病む。
氣を配る。
氣を効かせる。
氣をまわす。
などなど。

これは、過度になると
自分の氣を使ってしまったり、
気を滞らせる行為です。

自分で言うのもなんですが、
私はすごく周りに氣を遣い、氣を配ってました。

「良く氣が効くわね!」
と言われることが、私の長所であり、
存在価値だと思ってました。

氣を効かせてない自分は嫌われちゃうと。

でもね、元々私の中の氣の量が少ないのに
周りに配ってしまうと、
私の中の氣は枯渇してしまう。

頑張り過ぎて、ただただ疲れる。


で、嫌な言い方かもしれないけど、
私が氣を遣っていることで
相手はラッキーって感じでそれほど氣にしてない。

あくまでも、私の自己満足なんですね。
自分がいい人で見られたい。
それを満たす行為。

じゃあ、過度に氣を遣うことを辞めたら、
私は嫌われるのかな?
人は離れていくのかな?
って思って試して見ました。

最初はあれ?って思ったと思います。
言ってくれないの?
やってくれないの?って。

でも、それが当たり前になって行きました。

逆に必要でない縁が綺麗に切れていきました。

新しい友達とは、本当の自分で付き合えるので
人付き合いも楽になりました。

そして、
氣にする
ってことに対しては、自分の勝手な想像が
ものすごく多いことに氣がつきました。

人がどう思っているかや
自分の心配や不安に感じてしまうことって
自分がどう考えたって仕方のないわからないこと。

それにフォーカスして、エネルギーを集中して
しまうことってすごくもったいないこと。

今に集中すること、
マインドフルネスの状態でいることが
氣を減らさず、滞らせないためには
すごく大切だなって。

心と身体は一体だから
心で氣を使いすぎないようにすれば
身体の氣(エネルギー)がたまっていく。

私は、これを地道に行い続けたことで
自分の中の氣が増えたなあと思ってます。

そして、色々な意味で強くなりました。
そして本当に必要な時に発揮できる。

人のために氣を遣うのは
自分の中に十分に氣が満たされてからで
良いのではないかと思います。

日本人は氣を遣うのが美徳と言われている感じなので
それが当たり前のような感じがしてしまいますよね。

私の周りにも、すごく氣を使っていて
氣づかずに心が疲れている人がいます。

ありのままの自分でいいんです。
ありのままのあなたがいい。

ありのままの自分とは
氣がしっかり満たされ、巡っている状態。

ありのままの自分を取り戻しませんか?