母は、今、奈良の老人保健施設にいます。

毎週火曜金曜がお風呂の日なので、お風呂で使ったタオルとかが洗濯物としてでます。

ですので、火曜と金曜の夜に、その洗濯物を引き取りに行きます。

先週の金曜日、お風呂の洗濯物を取りに行った時、母に、

ロクナナママ『お風呂入った?』と聞くと、

母『入ってない』と言います。

ロクナナママ『でもね、お風呂で使ったタオルがあるでしょう、濡れてるよね。』と言うと、

母『そんなはずない。』と言い張ります。

更に、母は、『もし、午前中に入ったとしたら、完全に忘れてる。ショックだわ。』
とも言いました。


次の日の土曜日、そんな母を連れて、秋篠川の満開の桜を見に行きました。
水曜日の佐保川に引き続き、2回目の桜です。
でも、やはり、母の中では、初めての観桜です。



10kgも痩せて、洋服が大きくなってしまっています。









秋篠川の桜は、佐保川のように両岸にはありませんし、距離も短いですが、なかなか見事です。
秋篠川は、佐保川より水が綺麗で、なにより人がまばらにしかいませんので、ゆっくり見ることができます。



対岸から











鳥達も春を満喫するように、賑やかに鳴いています。










母は、突然、本居宣長の話をしました。

牛肉の美味しい地方の出身であること。
(松阪でした。)

死んだら自分の墓には山桜を植えてくれ、と遺言を書いていたこと。
(桜に詳しく、宣長にとって桜は山桜)


有名な和歌

敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花』

(意味:日本人である私の心とは、朝日に照り輝く山桜の美しさを知る、その麗しさに感動する、そのような心です。


この和歌は、母は、もぞもぞ言うだけでしたので、後で調べてみました。

この歌には、次のようなエピソードが。

『今次大戦末期に、マニラの飛行予科練習生の二十四名から成る神風特別攻撃隊の四部隊の隊名を、この歌から執り、敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊としたことはあまりにも有名だ。戦前は国威高揚に担ぎ出された観のある宣長だが、それ以前の明治三十七年、日露戦争の最中に、税収の増加を目論んだ国が煙草の完全専売制を敷き、矢張りこの歌にちなみ、同じ敷島、大和、朝日、山桜という商標で官製品の煙草が造られたりもしている。』
国学の巨星ー本居宣長、桜好きの宣長


大正、昭和、平成、令和の4元号を生きる母には、戦時中のことを、思い出しながらの、観桜だったのでしょうか?


それとも単に、桜を美しいと言いたかったのでしょうか。


認知症の母に、ミステリアスを感じたロクナナママでした。