例えば、こういう風に、考古学的な発見から
理論が組み立てられて、大きな体系が作られ、
それが常識とされていたものの、
時代を重ねるにつれて、
今までの常識が、もろくも崩れて行ったということがあります。


これは考古学に多いのですが、
やはり、実際に、土の中から、今までの理屈と合わないものが
出てきてしまうと、これは論より証拠というわけで、
認めざるをえないようです。


ただ、それを狙って、ねつ造と言うものも
相次いでいるので、それには気をつけなければいけないのですが、
しかし、実際に今まで理論を大きく壊していくような
ものが出土することがあって、
その他に学会は大きく揺れています。


それは、人間の紀元についても、
最古の人類発見ということで、
大きく報道されますが、特のそうした混乱が起こりやすいのは、
恐竜の化石が出土した時です。

恐竜というと、現代では、すでに絶滅していて、
一匹もいないのですが、
しかし、古い地層からは、随分と多くの化石が出てきていて、
その化石をそのまま博物館に飾ったり、
また、復元図を作ったりして、
どのような姿であったのかということが、現代でもよくわかるように
なっています。



本当にあんな大きなものがいたのか
という感じですが、しかし、実際に骨があるという事で、
それは間違いないようです。












なので、昔に生きていた原人や旧人の人達が一体どのような
脳をもっていて、それがどのような暮らしをしていたのか
ということは、はっきりとは分かっておらずに、
あくまで憶測にすぎないと言う事になっています。


こうした事を考えてみると、
かつて原人や旧人と呼ばれていた人達も、
一体どのような脳活動をしていて、
さらには、どのような暮らしをしていたのか
ということは、本当のことは誰ひとりわからないということに
なっています。


なので、それほど高度な文明を持っていたわけではないにしろ、
現在、考えられているようなものが、
本当に正しいのかというのは、
一度は疑ってみるというのも、
いいのかもしれません。


科学というと、どうしても常に正しいことが言われているような
感じがしますが、
しかし、実際には、様々な関係で、
本当の事とは異なることが定説となっていたりするので、
これについては、よくわからないことが多くなっています。


こうした事は、実はかなり多くあって、
今まで正しいと思われていたことが、実は、まったく違うことであった
とうことで、ひっくりかえったり、
また新しいものが発掘されて、
今までの常識が崩されたりすることがあるので、
こうしたものは、現代の常識をそのまま鵜呑みにするのも
かなり危険なようです。











そもそも、なぜこういうことが言えるのかと言うと、
これは、過去のことと言うのは、
実際にそこで暮らしていた人以外は、
その本当の所は、
まるでわからずに、現代解明されたかに
見えるものは、
あくまで現代的なもので考えた仮説に過ぎず、
それが常識となってしまっているからです。


しかも、なぜ、そうした常識が生まれてきたのかというと、
それは、一部の学者が、非常に大きな権力を持つ人達と
結束して、そういう説を流して、
常識としたということがよくあり、
本当の真実というものは、隠されていることが良いためであります。


なので、科学的にそれが正しいと言われていても、
実際の所はどうであるかというのは、
わからず、本当のことは全く正反対のことであるということもあります。


こうしたものは、よく見られることで、
現代であっても、何らかの利権に絡んだ御用学者が
事実と違う事を言っているということが多くあるので、
いつの時代であっても、そろえが起こりやすいということです。

事実と言われている事も、
本当に自分の目で確かめてみるまではわからないと言うのが、
こうした世界であるようなのですが、
しかし、素人にはそれができないということで、
様々な説を念頭に置いて、常識を見てみるということが
一番、良い方法であるようです。




このように新人、旧人、原人と、
頭の大きさが大きく違い、
その脳の大きさも違ったものがあるということ
なのですが、しかし、そうは言うものの、
実際に、それがどのような違いがあるのか
というとこれはあまりわかっていません。


というのも、頭がい骨が見つかっているだけで、
その頭蓋骨の中に入っている脳は、
一切、見つかっていないために、
あくまでこれらの推測でしたないということですね。


もちろん、こうした頭の大きさの違いや、
さらには、どのような生活をしていたのか
ということを見ていくと、
その文明度からして、
それほど高度なものは持っておらずに、
知能も低かったというのが、
現在の通説のようです。


なので、原人、旧人と言えば、
現代人とは大きく異なる歩き方に、
きわめて原始的な生活をしていて、それが徐々に
脳が発達し、また、体が大きくなって、
体毛が少なくなり、しっかりと胸を張って
歩くようになったということがいわれています。


これが人類における進化というものであるのですが、
しかし、これが本当に正しのかというと、
はっきりと言うと、
誰もそれを確かめたわけではないので、
わからないということになっています。


これらは、現代では、
まぎれもない事実として、扱われていますが、
しかし、誰ひとりとして、それを実際に確かめた
人がいるわけではないので、
常にこうした疑問というものが残ります。






こうしたものは、例えば、ミッシングリンクの問題などもあり、
時間が経つとともに、徐々に進化をしてきたという説がある割には、
実際に出てくる化石などでは、
進化の途中であるべきはずのものがなく、突然、完成された形のものが出てきたりと、
まったく説明がつかないことがあったりして、
これについては一切、説明されずにきています。


本当に、こうしたものは謎ですが、化石などは、骨としてはっきりと
物は地底の中に残っているので、
それでどのようなものであるのかということがわかりますが、
しかし、脳や筋肉、内臓といったものに関しては、
到底、化石になる事もない為に、その進化の過程が一切証明されていない
ということもあります。

こうした事は、実際にものが出てきていないので、
本来、はっきりとしたことは言えないはずであるのですが、
しかし、なぜか、骨の進化とともに、
脳なども進化したと言われています。

よく考えると、不思議な感じもしますが、
進化論ではこうしたことも、すべてひとまとめになっています。


果たして、現代に生きるホモサピエンスと、
その前の時代に生きていたとされるネアンデルタール人などの、
原人や旧人と呼ばれる人類とは、実際に何が
異なっていたのかということはわからないというのが、
現実のところですね。

もちろん、こうした新人と旧人、原人とは、
頭蓋骨の大きさが違い、それによって脳の容量が
異なっているという事が言われているので、
脳の働きや、組織も違っていたという可能性も十分あります。