実家を離れて自活し始めたのは22歳。

荷物を友達のトラックにのせ、走り出すときのことは目に焼きついている。

道路にまで出てきた両親は、2人並んでオレに手を振った。

もうすぐ夕方を迎える薄く黄色い陽の光の中で、手を振っていた。

オレもトラックが大きな道に出て、スピードを上げ始めるギリギリまで手を振った。

今までありがとう、と素直な感謝の気持ちだ。

2人の顔は少し悲しそうだった。

一応は笑顔だったけど、無理しているような感じ。

「じゃあね!」という母親の声は少し上ずっていた

子供の頃から「早く自立しなさい」とオレに言い聞かせていたのに、

現実になると、寂しい表情を見せるなんてちょっとズルいよ、そう思った。

今までウザい存在でもあった両親の本音を知ってしまったようで、オレも目の奥が痛くなった。

ただ、これから始まる新生活への期待の方が大きかったんだ。

陽の光が強くて眩しかったのかもしれない、だからあんな表情をしたんだな、と自分に言い聞かせた。


悪い予感のかけらもなかった。

オレは自活して大人への道を歩くし、

まだ弟は学生だけど、来るべき弟が自立する日に向けて

両親は2人で将来への準備を始めるだろうと思っていた。


しかし、そうじゃなかった。


こうして振り返ると、実家を離れて自分の生活に没頭してしまったオレを責めたくなる


両親が離婚する(した)ってのはよくある話だ。

今までに父子家庭や母子家庭で育ってきた友達もいた。

映画でも、ドラマでも、バラエティ番組でも、両親の離婚のエピソードは山ほど出てくる。

そんな話に触れる度に「悲しいことなんだろうな」と思っていた。

でも、悲しさを心底理解していたわけではなかったんだ。


3年前、あることがきっかけで両親の関係にヒビが入った。

いや、その前から予兆はあったのだけど、見て見ぬふりをしていたんだ。

ある出来事のせいで、ヒビの輪郭がはっきりして、

オレは目をそらせなくなった。

ヒビがそれ以上太くならないように、両親に働きかけた。

なぜなら、両親が離婚したら悲しいと思ったからだ。

両親は中年の域だし、オレも世間的には大人といわれる歳。

なるようになればいいのかもしれない。

自己責任だ。

実際、オレも頭ではそう考えていた。

だけど、両親の離婚危機を目の前にすると、悲しいという気持ちが勝った。

子供はいくつになっても、両親の離婚は悲しいものなんだ

想像していた悲しさの比じゃなかった。


なんとか2人の関係を修復するために話をした。

「子はかすがい」という言葉もあるしね。

でも、話し合いはうまくいかなかった。


そして、次の一手を打てないままに時間が過ぎてしまった。

団塊世代の父の定年退職までカウントダウンが始まり、

母方の祖父の三回忌を終えた今、

再び両親の離婚が現実味を帯びてきた。


高度経済成長の中で働き、もうすぐ大きな区切りを迎える父、

専業主婦ではなかったけど、今遊びたい盛りの母。

2人の間に生まれたオレと弟、そして両親の兄弟をはじめとする親戚達。

熟年離婚」は結婚生活が長かった分、多くの人が関わってくるのかもしれない。


現時点でオレは3年前よりも、離婚して欲しくないという気持ちが薄れた。

でも、別れないで済むならそっちの方がいい。

オレの気持ちは揺れ動いている。自分でもどっちなのかが分からない。


今までクサいものにフタをしてきたことを振り返り、

自分の気持ちの整理をしたい。

今後起こることをこのブログに書くことで、現実を冷静にみつめたい。

また、このブログを読んだ人が

何かコメントやアドバイスを残してくれたら、参考にしたい。

とにかく、今ちょっと苦しいんです。