広島市対岸の厳島(いつくしま)からも、原爆の様子が確認されている。
建物の間から光が見え、大きな爆発音が17km離れた位置からでも聞こえたと言う。
同じ宿舎に住み、一足先に厳島存光寺(ぞんこうじ)に疎開していた珊瑚座(さんござ)の乃木年雄が、血相を変えて団員に言う。
「ガンさん達が心配や。ここは一つ、男衆だけで宿舎に行こうや」
その声に真っ先に反応した役者がいた。
「私も行きます!」
最年少・18歳の柳みどり(諸岡千恵子)である。彼女は当時をこう振り返る。
「歌や踊りが好きな浅草っ子でしたから、子役として金語楼劇団に入ったのです。そこからずっと芝居に打ち込みました」
その後、新派の俳優、乃木年雄(珊瑚座座長)に引き立てられる。
ある時、乃木が言った。
「一緒に移動演劇の道に行かへんか?」
既にに2人の兄が召集され、みどりと2人暮らしの母は強く反対した。
既にに2人の兄が召集され、みどりと2人暮らしの母は強く反対した。
「母さんの気持ちは解る。でも、私は舞台に立ちたいの!」
彼女は乃木を座長とする『珊瑚座』の座員となる。9人の一座だった。
「東北の軍需工場やお寺などを巡演する途中で、何度も空襲に遭いました。四国では、特攻で飛び立つ兵隊さんの前で剣劇も披露しました。
お裾分けに頂いたお饅頭に、《特攻》と焼き印されていたのが、未だに忘れられません」
移動演劇連盟から疎開を命じられた珊瑚座は、1945年6月に広島入りする。丸山定夫の率いる桜隊もすぐにやって来た。
丸山の他に園井恵子、仲みどり、高山象三らがいた。両劇団は広島市の中心街、堀川町の高野邸を宿舎にした。
「持ち主が疎開していた家屋ですが、とても大きな木造2階建てでした。
《桜隊》の方達からは『おちびさん』と呼ばれ、可愛がられてね。
買い出しで手に入れた野菜を、園井さんや仲(みどり)さんから分けてもらったものです。炭火で熱くした鉄のコテで、パーマをかけあったりもしました」
肋膜炎(ろくまくえん)を患っていた丸山定夫の事を、柳はこう語る。
「ガンさんはほとんど寝ていました。部屋の前を通ると手招きをして、紙に包んだあめ玉をくれるのです。優しい方で、誰からも慕われていました」
彼女は、桜隊に一方(ひとかた)ならぬ恩義を感じていた。園井恵子や丸山定夫が心配でならない。だが、座長の乃木は強い口調で言った。
「アカン! 気持ちは解かるが、女が行くんは危険や。ここはわしら男がいくさかい、待っとるんや。ええな?」
ようやく電車が動き広島入りした珊瑚座だが、一面の焼け野原に呆然とした。それでも宿舎近くに建つ福屋デパートだけは、かろうじて外観の面影を残していた。
ようやく電車が動き広島入りした珊瑚座だが、一面の焼け野原に呆然とした。それでも宿舎近くに建つ福屋デパートだけは、かろうじて外観の面影を残していた。
「そこを目印に宿舎を特定したのですが、跡形もありませんでね」
唖然として立ちすくんでいると、白いワイシャツを着た男性が近づいてくる。
「あのぅ……私、この三軒隣に住んどった者です」
「あー、これはどうも」
乃木は頭を下げた。
「この建物におった方達を、見ませんでしたか?」
「ええ。見ましたよ。若い男の人と綺麗な女優さんが、肩を抱き合いながら逃げて行きんさった」
乃木はもう一人の団員と顔を見合わせる。
「その男の人と女の人は、どんな人でしたか?」
「男の人は髪が短うて、まだ若かったですよ。女の人は、『無法松の一生』に出とった女優さんです。バンツマさんの相手役じゃった、綺麗な女優さんです」
「園井さんや。園井さんは生きてはったんや。男の人は、高山君かも知らへん」
思わず乃木はもう一人の団員と手を取り合う。
「それで、その2人はどちらに?」
「あの山の方に行かれましたねぇ。方角的に、比治山に向かったんじゃないでしょうかねぇ」
廃墟と化した宿舎を目の当たりにし、絶望感に襲われた乃木であったが、生存者がいる事で希望が持てた。
「ガンさん、アンタもきっと生きてるな? 生きてるやんな?」