最近の朝8時は,テレビに釘付けだ。
なぜなら,機動戦士ガンダムの再放送がやっているから。
しかも,ファーストガンダム。
僕はリアルタイムで見ていた世代なので,かなり思い入れが強い。
ガンダムのプラモデル,いわゆるガンプラブームも味わったし,少し大きくなってから始まったZガンダムやZZなどで盛り上がった経験もある。
ロボットアニメは勧善懲悪の世界しかなく,必殺技を操縦席で叫んで繰り出し,敵のロボットを破壊する。
そんな水戸黄門よろしくの世界観ばかりだった。
でもガンダムは最初から暗くリアルすぎて,完全に子供用ロボットアニメの枠を超えていると幼いながらも感じてたと思う。
なので,最初は何となく見てたけど,だんだん面白いなあと感じ,再放送は再確認するかのように見ていたと思う。
しかも,ガンプラブームで見ないと遅れている感じもした。
今の子供がワンピースを必死になって見ているのと同じだろうな。
ただ,ワンピースは冒険することで子供が成長するというロードムービーであり,等身大の子供と置き換えることも可能である。
つまり,森の中に探検に出かけ,秘密基地をダンボールで作るのと似ている。
でも,大人になってガンダムを見直すと,こりゃ子供には難しいなあと思った。
主人公を含む主要人物は戦争に巻き込まれた人間であり,戦う理由が見つからないのだ。
理由なんてどうでもよく,臨戦下の緊張した空間に閉じ込められた人間が,どうしようもなく流れに抗えずにいる様が,ストーリーの出だしであった。
今なら自分は同ように戦地に赴くことが出来るのかなあ・・・とも思う。
子供時代は主人公や主要人物に憧れ,置き換えてカタルシスを感じるけど,それでも矛盾した気持ちにもなった。
俺なら逃げるのに,俺なら攻撃しないのに・・・とか。
なぜ,戦うのか?
これが,どうしても分からなかったのだが,今でもはっきりしない。
生き延びるには戦うしかないのだが。
結局,その場にいたのも戦うことになったのも,「いま,ここ」という概念でしかないのかも。
運命であろうが,流れに抗えなかったのであろうが,「いま,ここ」で自分が存在し,「いま,ここ」の場面でやるべきとこが目の前にあるだけである。
それが,まるで運命のように感じているんだなぁと思ったのだが・・・。
結局,現実の自分も,「いま,ここ」に生きる一人の人間であり,それが夢だろうと仮想空間に生きていようと,それが「いま,ここ」の真実なんだと。
「いま,ここ」というのはヴァルター・ベンヤミンのいうところの一回性であるし,その一回性の現実しかないので,そこからは逃げられず抗うことも出来ない。
それが,人生であって,「いま,ここ」に存在する自分に繋がるんだろうなーなんて思ってしまった。
ガンダムでここまで考える必要もないが,そう思わせるエッセンスが内包されているように感じる。