「椿實全作品」全一巻を読みました | 京都のロケットハウス

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東日本大震災の被災者の方々そして日本の原子力発電所の爆発事故の被害者の方々にこころからお見舞いを申し上げます。

短編と中編を併せて17編、楽しい読書でした。この単行本の収まった美しい箱にはちょっとした小さな絵がちりばめられていました。その絵の模写とともに各作品の性格と最初の一文を紹介したいと思います。

「メーゾン・ベルビウ地帯」-幻想的な浪漫小説…桜の木には桜の臭(にほい)、椎の木には椎の匂(にほい)、そして私も女も植物なのであった。

「ある霊魂(プシケエ)の肖像」-浪漫小説…一面の大きな油絵である。

「泥絵」-焼け跡の浪漫小説…こほろぎはコーコーと夜をいっぱいにして鳴いてゐたが、耳をすますと時々は、思ひつめてぎやらりぎやらりと鳴いた。

「三日月砂丘(パルハン)」-幻想的な浪漫小説…-鼻は、鼻はいい。-口は、口は貴人の相ヨ。と細君はずるい眼をあけた。

「ビユラ綺譚」-焼け跡の浪漫小説…蘭子が風呂屋の鏡の前にしどけなく座って、つま立てた足の爪まで、マニキュアの紅をさすとしても、それは彼のエチケットであろう。

「狂気の季節」-浪漫小説…その黄色い沼は、都会のまん中にある。

「人魚紀聞」-浪漫的な伝奇小説…ある港街の夜の灯は、黄金虫や紅の眼の蛾を吸ひつけて、プラターヌの並木に光を投げてゐました。

「月光と耳の話」ー幻想的な浪漫小説…悪酔を醒ましたかったので私は、市立公園のベンチの座ってゐた。

「死と少女」-浪漫小説…秋の匂のする晩だった。

「踊子の出世」-浪漫小説…セメントの匂と白粉の匂と、暗い穴の階段にはね返るピアノの和音と、それが踊子達の巣なのである。

「短剣と扇」ー超短編。とても短い興味深い怖い小説…神田、某書店にて、予の得たる一八八三年カルマン・レピ刊行に係る Contes Cruels は、背紙剥落せる蒼然たる一本の扉及びその背面に、薄きインクのはしり書きに、夥しき書込みあり。

「鶴」-悪夢小説…山陰の温泉宿の、深い秋だった。

「泣笑」-自然主義文学…押上から京成で千葉葛飾の方へ帰る行商の娘たちが、帰りがけに参々伍々浅草の活動を見て帰るのである。

「旗亭」-背徳的な浪漫文学…毎年この季節は、銀杏の黄葉(もみぢ)が美しい。

「苺」ー自然主義文学的な浪漫小説…苺が出盛る季節で、どの果物屋も紅い苺の洪水である。

「黄仙水」-少し?がつくが自然主義文学…寝室の夫婦といふものは、他人にはえたいの知れない、奇妙な言葉で話し合ふものであるらしい。

 

「浮遊生物(プランクトン)殺人事件」-ミステリイ…緑色と、鮮やかの橙色を攪乱したやうに庭が見えて、低く垂れた葉の下に光ってゐるのは水であった。

「著者近影」昭和22年4月