髪を切りに行った話。(前回からの続き)

地元のこぢんまりしたサロン。

予約制でマンツーマン対応。

中高年男性でも安心。

店内のBGMはトムウェイツだった。

カットの終盤、コーヒーを出され、世間話の延長みたいな顔で言われた。

自毛植毛ってご存じですか?」

自分の襟足の毛根を、生え際に移植する。
半永久的に持続する。
紹介状まで用意してくれた。

余計なお世話だ、と思いながらも、
その紙をポケットに入れてしまう自分がいる。

気になっている。


向かったのは東京・新宿三丁目


30代、40代。メーカーでバリバリやっていた頃、百貨店を回っていた。かつての主戦場だ。
伊勢丹、高島屋、小田急百貨店、京王百貨店、丸井。
商談し、売り場を確保して商品を納品し、頭を下げ、数字を追いかけた。

歌舞伎町、ゴールデン街、都庁、西新宿。
どこを歩いても、あの頃の自分がいる。


新宿を歩くと、決まって浮かぶ歌がある。

「新宿の片隅から」

「風向きが変わっちまいそうだ」

SION (シオン)

1986年メジャーデビュー。アルバム収録曲。

もう40年も経っている。

初めて聴いたときは、正直しびれた。


浜田省吾よりも、尾崎豊や佐野元春よりも、もっと路地裏だ。荒っぽくリアルで生々しい。

Bruce Springsteenの『Born to Run』みたいな、
街角から吹き上がる衝動だ。
Tom Pettyの等身大のスタンスや
Tom Waitsのしゃがれ声の人生臭も感じる。

デビュー盤のロックンロール2曲は、ストーンズやディランにも通じるストレートなロック。強烈だった。

でも、SIONの真骨頂はソウルフルなバラード。

ミーハーな売れ線には寄らず、ロックスターのポジションを取りにいくわけでもなく、シンガーソングライターとして唄を伝える。それがSION。


「Sorry Baby」一般的に知られる代表曲

売れる道より、自分の道。

不器用というか、頑固というか。


そしてオレは今、
新宿三丁目の雑居ビルの中にいる。

伊勢丹のすぐ近く。
予約制、個室。
他人と顔を合わせないように設計された空間。

スコープで頭皮チェック。

毛根の採取。
分析。
カウンセリング。

「襟足から毛根を削り取り、移植します。
まずは200万円ですね。」

……200⁉️

心の中でドラムが止まる。

高くても50万円で十分足りる、と思ってた。


「健康な毛根が少ないので、育てる必要があります。
毛根が育ったら移植を繰り返します。

完全な状態にするには、ご予算は概算で500万円とお考えください。」 


500万。

国産車、そこそこいいやつ買えるやん。


今日、フサフサになって帰るつもりでいた。
ロックの主人公みたいに、
風向きを変えて帰るつもりでいた。

なのに現実は、
薄毛とお財布事情を天秤にかける。

個室でひとり揺れている。
頭の中では「コンクリート・リバー」が鳴っている。

「植毛に来られるのは、薄毛で悩む若い方、現役のサラリーマンの方が転職や転勤をきっかけにされる事が多いですね。お客様のようにお年を召してからふらりとお見えになる方は珍しいです」。


オレの若い頃はカーリーヘアの巨大なアフロだった。

ソウルミュージックの影響ではなく、クリスタル・キングのマー坊に憧れた。頭皮のケアがおろそかになり毛根に刺激が足りなかったのがハゲた原因かもしれない。

オールバックのロン毛スタイルにする前は「ヒゲ坊主」だった。ハゲ・薄毛男性が開き直ってアタマをバリカンで短く刈り上げる定番スタイルだ。

案外、「ヒゲ坊主」はスッキリ似合えば、清潔感がありイカつくてスタイリッシュ。このスタイルを好む女性が一定数いることを知った。

ファッションは渋目、和風、ヤクザっぽい着こなしが合っていた。


若い頃は、果てしなく未来があり、日々あわただしく忙しく、ヘアスタイルは気にしていなくて、割とどうでも良かった。

アフロでもヒゲ坊主でも楽しく過ごせた。



今は、イイ歳になって薄らハゲかかっているのが気になる。いまさら失ったモノを追い求める。

金を払ってでも若さを買おうとしている。


どうも、ちょっと情けない。


この話、さらに続く。