1977年、中学2年のトラウマ。
林間学校の夜。食堂兼談話室は、コンサート会場になっていた。
野球部の坊主頭、山田くんが前に立ち、原田真二そっくりメドレーを披露。これが大ウケ。女子はキャーキャー、男子も机を叩いて大騒ぎ。
それを見て焦ったオレは、ギター抱えて洋楽弾き語りメドレーをブチ込んだ。
1曲目は、Simon & Garfunkel(サイモン&ガーファンクル)の「The Boxer(ボクサー)」
当時、アコギのフィンガーピッキングにハマっていて、毎日何時間も弾いて練習していた曲だ。
♪ I am just a poor boy…
故郷を離れ、ニューヨークへ流れ着いた貧しい少年の孤独。中2のガキに人生経験なんかあるわけないのに、本人は完全に入り込んでいた。
サビの“ライ・ラ・ライ…”は、近所の健太郎にハモってもらいキメるつもり……ところが、何だか空気がおかしい。
会場がザワついている。
「この曲知ってる?」
「知らん」
「英語やん」
「イキんなや」(スカしやがって…みたいな意味)
そんな声が聞こえてくる。
相棒の健太郎も不安そうにチラチラこっちを見る。“ライ・ラ・ライ…”も妙に小声だ。これはアカン、と短めに切り上げ2曲目。
KISS(キッス)の「Hard Luck Woman(ハードラック・ウーマン)」
ピーター・クリスがドラムを叩きながら歌う、カントリー調アコースティックの名曲。
歌詞は、大人の別れの歌。中学生には意味もわからず、ロッド・スチュワート気取りでハスキー声を作って熱唱した。
……空気は凍りついている。
後ろの方で誰かが叫んだ。
「キッスの曲や!」
「ヤング・ミュージック・ショー(NHK)で見たで!」
お、来たか!と思った瞬間、
「火🔥吹けやー!」
「血☠️🩸吐けやー!」
そっちかい。
結局、最後までザワザワしたまま終了。
実は、ウケたら3曲目にEaglesの「Hotel California」を健太郎と演るつもりだった。ところが彼、耐えられなくなったのか途中で部屋の外へ逃亡。
もういない。
洋楽が中学生には早すぎたのか。
オレの演奏がショボかったのか。
そもそもオレ自身がイケてないのか。
たぶん全部や。
“思てたんと違う”。
敗北感にうちひしがれ席に戻る。
すると担任がパンパンと手を叩いた。
「さぁ、他に唄いたいヤツおらんか?」
そこで立ち上がったのが、地味で目立たない男子、アズマくんだった。
ギターを持って前へ出て、ボソッと「自分で作った歌をやります」ジャラン、とコードを鳴らす。
「ある日の夜のことでした。僕はひとり、公園にいたんだ。そこへ近所の女子高生のお姉さんがやって来た──」…語りながら静かにつま弾くギター。
みんな固唾をのんで聴いている。
「僕はお姉さんを見てると……」
突然、激しくギターをかき鳴らし、
「チン玉がぁーーーッ!!」
ジャカジャン!
「おっきくなっちゃったぁ!!」
会場、大爆笑。
男子も女子も転げ回って笑っている。
アズマくんは間髪入れず2番へ。
「自転車を漕いでたらぁ〜🚲
振動が気持ちよくてぇ〜チン◯◯がぁーー!!」ジャカジャン!
「おっきくなっちゃったぁ!!」
もう完全に持っていかれた。
オレの「サイモン&ガーファンクル」は何やったんや。
あずさ2号はどこへ旅立ったんや。
アズマくんは何度もアンコールに応え、その夜のヒーローになった。
「おっきくなっちゃった」は、しばらく学年の流行語にもなった。
中学生というのは残酷なくらい正直だ。
カッコつければ見抜かれるし、本気でバカをやれば受け入れられる。
今になって思えば、「誰に向かって弾くか」を考えず完全に自分の世界に入っていた。「わかるヤツにはわかる」という顔をしていたのだろう。「カッコええやろ」と、自分は気持ちよくなっていた。
でも林間学校の中学生にはみんなで笑えるとか、騒げるとか、一緒に歌えるとか。たぶん、そういうことだった。
でも、あの空回りした夜があったから、人前で演る怖さも、難しさも覚えた。
独りよがりでは届かないことを。
そしてオレは、アズマくんの影響をモロに受け、以後、ボーイスカウトの野外活動では率先して自作の下ネタソングを披露するようになった。しかも卑猥な振り付きで。キャンプファイヤーで皆が大笑いしながら一緒に歌ってくれるのが嬉しかった。
中学2年の林間学校。
アコギ抱えてスベり倒した夜。
あれは今でもトラウマやけど、たぶん、あれがオレにとって最初の「人前で演る」というライブ体験だった。




