1980年、高校2年生。

大阪北部の公立高校では、文化祭コンサートの出演をかけたオーディションが行われていた。


前編

合格枠はわずか3つ

審査員は音楽教師、学年主任、そして校長。

出場条件が厳しかった。

「ロック禁止」
「洋楽カバー禁止」
「ハードロック、パンクなど激しい音楽禁止」

放課後の音楽室で行われたオーディション。

出場者は持ち時間10分。セッティング込み

当時はフォークからニューミュージックへ時代が移りつつあり、出場者の多くはその流れだった。


オレが弾き語りしたのは3曲。

さだまさし

「パンプキン・パイとシナモン・ティー」

松山千春「卒業」

長渕剛「白と黒」

どれもシングルヒット曲ではなく、アルバムの中の佳曲。フォークギター1本。スリーフィンガーやラグタイム風のフレーズを奏でながら歌った。

中学時代、林間学校でやらかした苦い経験。

あれからあまり成長していない。

「オレのギターを聴け」という気持ちが相変わらず強かった。上手いと思われたい。そんなヤラシい気持ちもたっぷりあった。フォーク〜ニューミュージックのど真ん中。さだまさし、松山千春、長渕剛、人気者3人の力も借りていた。


演奏は無事に終わった。

客席は静かだ。

大歓声もなければ大失敗もない。

やり切った感はあった。

「今のところ一番ちゃうか?」

本気でそう思っていた。


ところが世の中は甘くない。

次に登場したのは、プロダクションに所属し、歌手デビューが決まっているアイドル予備軍の2年女子だった。町の権力者の孫娘。普段はガラの悪いヤンキー女子なのだが、この日は別人だ。

フリフリの衣装で、カラオケをバックに自分のデビュー曲を歌って踊る。(曲はイメージ)

音楽室が歌謡コンサートのステージに変わった。

"芸能人の空気"がそこにはあった。

会場が一気に華やぐ。


そして、決定的な存在が現れる。

3年 島野(ギター)率いるフュージョンバンド。


演奏曲は高中正義の「BLUE LAGOON」とカシオペアの「ASAYAKE」メドレー「ロック禁止」のはずなのに、なぜかフュージョンはOKだった。

とにかく圧倒的に上手い。

音が鳴った瞬間、空気が変わった。

高校生の演奏というより、プロのステージを見ている感覚だ。

「最後にオリジナル曲をやります。」

ジェフベックの「Freeway Jam」そっくり、と言うかほぼパクリ…なんだけど、音そのものに説得力があった。オレは呆然と見ていた。

自分も家ではエレキを弾いていたが、リフやバッキング。コードを刻み、フレーズをなぞることはできても、人前で勝負できるレベルではなかった。だからオレの武器はアコギのフィンガーピッキング。ところが目の前には、エレキで会場の空気を支配する男がいる。

「カッコええな……」

そして悟る。

これは勝てない。

憧れと嫉妬が半分ずつ。


…でも、3組の合格枠がある。

まだわからない。

 

最後の出場者が現れた。

1年生の男子生徒だった。

制服姿で手ぶら。ひとりマイクの前に立つ。

「僕はオペラ歌手を目指して、テノールを習っています。」そう言ってサンタ・ルチア」を歌い始めた。「洋楽カバー禁止」のはずが「カンツォーネ」ならば許されるようだ。

音楽室が劇場になった。

声量も響きも別格だった。

歌い終わる頃には歓声が上がっていた。

結果発表

1位 フュージョンバンド

2位 オペラ歌手志望の1年生

3位 現役アイドル


見事にフォーク・ニューミュージック勢は全滅もちろん曲が悪かったわけではない。オレは勘違いしていたのだと思う。好きな曲を上手に演ることと、人の心をつかむことは別だった。

フュージョンバンドには技術があった。

オペラ少年には才能があった。

アイドルには華があった。

それぞれの武器を持っていたのである。


自分はどうだったか。

オレは好きなミュージシャンの力を借り、

得意なフィンガーピッキングを披露した。

それなりには出来たと思う。

でも、それだけだった。

その先がなかった。


人前で演奏するなら、突き抜けたものが必要だ。

聴く人の心を動かす何かだ。


結果発表のあと呆然と佇む。文化祭に落選した悔しさと、「勝てない相手は本当にいる」という事実を知った日として、ずっと記憶に残っている。

おしまい