【今日の1枚】Craft/Craft(クラフト) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Craft/Craft
クラフト/クラフト
1984年リリース

1970年代のエニドの遺伝子を受け継いだ
多彩なキーボードによるシンフォニックアルバム

 エニドを脱退したウイリアム・ギルモア(キーボード)とマーティン・ラッセル(キーボード、ベース)の2人が、グラント・マッケイ・ギルモア(ドラムス)と結成したクラフトの唯一作。そのアルバムは6つの星座をテーマにしたインストゥメンタルとなっており、パーカッションの質感と多彩なキーボードによるクラシカルなアレンジの利いた作品となっている。1980年以後のエニドはシンフォニック色が減退していくが、かつてのエニドの遺伝子とスタイルを受け継いでるのがクラフトであり本アルバムであると言っても過言ではない。

 クラフトは元エニドに在籍していたウイリアム・ギルモアとマーティン・ラッセルを中心に1982年に結成されたグループである。2人が在籍していたエニドは、かつてバークレイ・ジェイムス・ハーヴェストとの仕事で知られるキーボード奏者のロバート・ジョン・ゴドフリーによって、1973年に結成された英国のプログレッシヴロックグループである。エニドはアルバム毎に多くのメンバーが入れ替わることで有名であり、2人もメロディーメイカー紙の広告に応募して参加したミュージシャンである。キーボーディストであるウイリアム・ギルモアは、10歳の頃からピアノを始めており、1971年にスコットランド王立音楽演劇アカデミー、ブリストル大学に入学。卒業後は音楽を教えながらローカルグループで演奏していたという。その後、メロディーメイカー紙に広告を出したところ、エニドの目に留まり、1977年のアルバム『エアリー・フェアリー・ナンセンス』のツアーから参加。『タッチ・ミー』、『シックス・ピーセス』のアルバムにも貢献し、1980年にエニドのギタリストであるフランシス・リカーッシュと共に脱退している。マーティン・ラッセルは、1979年にキーボード兼ベーシストとしてエニドに加入。その後、エニドが4人編成になったことでキーボードメインとなり、彼は左手でベースパートを弾くことを学んでいる。また、エニドのギター兼ベーシストであるスティーヴ・スチュワートと共に、グループのスタジオであるザ・ロッジのエンジニアとしても活躍。他のグループの録音エンジニアとしての仕事がエニドの収入源となっただけではなく、マーティン自身のその後のキャリアにも影響していくことになる。そんなマーティンだったが、1981年にスタジオがサフォークに移ったことと、エニドがヴォーカル重視のグループに変貌したことを理由に脱退。その後はサウンドクラフト社に勤務してからユートピア・スタジオのエンジニアに就任している。その頃、一方のウイリアムはアイルランドで音楽教師を務めるかたわら、8ヵ月をかけて十二宮の絵を描いて完成させている。彼は以前からこの十二宮をテーマにした音楽を目指しており、父親からの音楽活動の資金援助を基に、自身が描いた絵を持ってロンドンのスタジオにいたマーティン・ラッセルを訪ねている。ウイリアムとラッセルは意気投合して、この十二宮をテーマにした音楽を作成するために新たなグループ、クラフトを立ち上げることになる。2人が目指したのはキーボードアレンジとオーケストレイションによるインストゥメンタルであり、よりハードエッジなサウンドを加えたトリオによる音楽だったという。

 ウイリアムとマーティンはドラマーを念頭に置いた曲を作り始め、『牡羊座』、『ふたご座』、『かに座』、『獅子座』の4曲を完成させている。その後、当時17歳だったドラマーのグラント・マッケイ・ギルモアをグループに加え、3人はオアシス・スタジオで録音を行い、スペースワード・スタジオでオーバーダブを行っている。『おとめ座』はエニド時代に書かれたもので、ランデヴー・スタジオで録音。『牡牛座』はグランドピアノがあるRMSスタジオが選ばれている。マーティンはクラフトの録音と並行して勤務していたユートピア・スタジオの同僚であるジェフ・オバーマンの紹介で、シャンハイというレコードレーベルとベイジンという出版社と契約している。こうしてアドバンスを受け取った彼らは、6つの楽曲を完成させ、1984年2月2日にデビューアルバム『クラフト』をリリースすることになる。そのアルバムはパーカッションの質感を加えた多彩なキーボード類を駆使したシンフォニック・インストゥメンタルとなっており、重厚さと煌びやかさが同居した幻想的なサウンドを前面に出したハイクオリティのサウンドとなっている。

★曲目★ 
01.Aries(牡羊座)
02.Taurus(牡牛座)
03.Gemini(ふたご座)
04.Cancer(かに座)
05.Leo(獅子座)
06.Virgo(おとめ座)
★ボーナストラック★

(2021年『ディフィニティヴ・エディション』より)
07.Despina~Previously Unreleased~(デスピナ~未発表曲~)
08.Dmitri’s Lament~Previously Unreleased~(ドミトリーの嘆き~未発表曲~)
09.Taurus~1989 Mix~(牡牛座~1989年リミックス~)
10.Gemini~1989 Mix~(ふたご座~1989年リミックス~)
11.Cancer~1989 Mix~(かに座~1989年リミックス~)
12.Leo~1989 Mix~(獅子座~1989年リミックス~)
13.Branislava~1989 Bonus(ブラニスラヴァ~1989年ボーナス~)
14.And So to Sleep~1989 Bonus~(アンド・ソー・トゥ・スリープ~1989年ボーナス~)

 アルバムの1曲目の『牡牛座』は、ピアノの素晴らしいフレージングで始まり、シンセサイザーとギターが使用されたハードエッジな楽曲。ホーンセクションに似た雄大なシンセサイザーとヘヴィなギターソロが交互に繰り出され、エフェクトをかけたベースが暴れまくるというキーボードシンフォの理念に基づいた内容になっている。2曲目の『牡牛座』は、シンセサイザーとグランドピアノ、そしてベースの音の組み合わせが非常に心地よい幻想的な楽曲。エニドを思い起こさせるクラシカルな雰囲気が漂うが、あまり誇張をしない歪んだベースの音とピアノの音が違いを際立たせているのが印象的である。グロッケンシュピールに似たパーカッションがドリーミーである。3曲目の『ふたご座』は、派手なオーケストレーションとリズムセクションによるハードな一面と、キーボードとギターによる流れるような楽器によるメロディアスな一面が交互に演奏された名曲。手数の多いドラミングをアクセントとし、美しいハーモニーを創り出すキーボードワークは、エニド時代を継承したウイリアムとマーティン2人の美的感覚によるものといえる。4曲目の『かに座』は、ベースにプラスしてキーボードベースも使用し、独特の浮遊感を持った楽曲。テーマ部のメロディはエニドに近いものがあり、ギターにはいくつかの良いフレージングがあり、ベースやドラムスとの非常に良い相互作用を生み出している。トータル的には行進曲風のリズミカルな演奏が際立った内容である。5曲目の『獅子座』は、シンセサイザーを前面に押し出した内容になっており、ヘヴィなギターとエレガントなキーボードワークが際立った楽曲。ベースが非常に知的なテンポを創り出しており、シンプルなサウンドをより重厚なサウンドに導いているのが面白い。6曲目の『おとめ座』は、ピアノとオルガンによるエニド風のエピローグを想い起させる楽曲。ゆっくりとそして煌びやかなオルガンワークは、アルバムの最後にふさわしい音色である。ボーナストラックの2曲は、1992年にCD化された際に収録されたボーナストラック。『デスピナ~未発表曲~』は、流麗なピアノによる美しいオープニングにシンセサイザーがアクセントを加えた楽曲。『ドミトリーの嘆き~未発表曲~』は、1988年にスワンヤードにグラント・マッケイ・ギルモアが訪れた際、ショスタコーヴィッチの交響曲15番に基づくループをボレロ風のスネアにして録音されたものである。9曲目から12曲目は、1989年にマーティンの手によってリミックスされた曲。『プラニスラヴァ』と『アンド・ソー・トゥ・スリープ』は、女性映画監督の為のサントラとして念頭に書かれたピアノ曲である。こうしてアルバムを通して聴いてみると、エニド時代を継承したシンフォニックなインストゥメンタル曲に、ギターやリズムセクションを加えたよりロック的なアレンジを試みた楽曲になっていると思える。1984年リリースとはいえ、ここまで時代と逆行した豊穣なシンフォニックアルバムが世に出たことは奇跡的であり、埋もれるには惜しい稀有な作品である。

 アルバムリリース後、ウイリアムとマーティンは、プロモーションの為に地方のラジオ局のインタビューで次のアルバムについて語っている。しかし、残りの6つの星座についてレコーディングやライヴを行いたいと考えていたが、すでに資金は尽きていたという。また、マーティンの結婚や彼のスタジオでの仕事が忙しくなり、さらにウイリアム自身がシェットランド諸島に引っ越したこともあり、最終的にグループとしての活動は停止してしまう。キーボーディストのウイリアム・ギルモアは、スコットランドに移住した後、音楽の教師や画家としての活動を続け、室内楽や合唱、児童向けの作曲家として貢献。また、元エニドのギタリストであるフランシス・リカーッシュのプロジェクト、シークレット・グリーンのメンバーとして、2009年のアルバム『To Wake The King』に参加している。マーティン・ラッセルは、デヴィッド・ボウイやロバート・プラント、ピーター・ガブリエル、シニード・オコナーなど、数多くの著名なアーティストのスタジオエンジニアとして活躍。現在、彼はワールド ミュージック共同プロジェクトであるAfro Celts Sound Systemを率いているという。ドラマーのグラント・マッケイ・ギルモアは、ギタリストのナイジェル・チャイルドと後にポーキュパイン・ツリーのシンガーとなるスティーブン・ウィルソン、元マリリオンのベーシストであるディズ・ミニットらと共にプライド・オブ・パッションを結成している。本アルバムはマイナーレーベルからのリリースだったこともあり、オリジナルレコードは入手困難となり、1枚が高額なレアアイテムとなっていたが、1992にアメリカのプログレッシヴロックをリリースする専門レーベル、キネティックディスクからボーナス曲2曲が収録されたCD盤を初リリース。また、1989年にマーティンがCDの再発にあたり、5曲のリミックスを行って収録された国内初となるCD盤が、ベル・アンティークより『ディフィニティヴ・エディション』として、2021年にリイシューされている。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はシンフォニックロックの最右翼とされたエニドの音楽を継承したクラフトの唯一のアルバムを紹介しました。本アルバムは2021年にベル・アンティークよりリリースされた『ディフィニティヴ・エディション』で初めて手に入れました。元々、エニドはロバート・ジョン・ゴドフリーのソロアルバムをはじめ、結構追って聴いてきましたが、このクラフトのアルバムだけは、長年入手できずにいました。エニドの『タッチ・ミー』、『シックス・ピーセス』のアルバムに貢献した2人のキーボード奏者を中心に結成したグループで、尚且つヴォーカルを加えたポップテイストに変化していくエニドのサウンドに対抗する形で、キーボードのアレンジとオーケストレイションによるインストゥメンタル音楽になっています。プログレッシヴロックが下火となった1984年において、これだけシンフォニックなサウンドを披露したグループが存在していたということは、ある意味、奇跡に近いと思います。

 アルバムはその2人によるキーボード色を強めたサウンドに、ギターやリズムセクションによるハードなエッセンスを加味していて、主題におけるエニド時代の展開と構成に、プラスアルファ的な要素が活かされた内容になっています。特にハードエッジなベースが多くのキーボード群の中でも良いアクセントになっていて、手数の多いドラミングも曲のイメージごとに変化させているのが好印象です。クラシックからポップに寄せた煌びやかなキーボードの音色と派手なオーケストレイション、そして流れるような楽器の切り替えによる美しいメロディは、ウイリアムとマーティンの優れた美的感覚によるものが大きいと感じられます。本来、彼らは残りの6つの星座(てんびん座、さそり座、射手座、山羊座、みずがめ座、うお座)のレコーディングも考えていたそうです。そのため、US盤の再発CD盤では『First Signs』と銘打っています。しかし、結果として残りの6つの星座のレコーディングは行われないまま現在に至っています。ちょっと残念ですね。

 本アルバムのメインは6つの星座をテーマにしたものですが、2曲の未発表曲と4曲のアレンジ曲、2曲のボーナス曲を加えた『ディフィニティヴ・エディション』がオススメです。エニド好きはもちろん、シンフォニックなサウンドが好きなプログレファンには、ぜひ、聴いてほしいアルバムです。

それではまたっ!