【今日の1枚】Wapassou/Messe En Ré Mineur(ワパスー/ミサ・ニ短調) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Wapassou/Messe En Ré Mineur
ワパスー/ミサ・ニ短調
1976年リリース

フランス的な美意識と夢想感にあふれた
独自性の強いチェンバー・アートロック

 耽美的で夢幻的な音世界を追求するフレンチ・プログレッシヴグループ、ワパスーが1976年に発表したセカンドアルバム。キーボード、ギター、ヴァイオリンというリズム隊のいない特異な3人編成のもと、シンフォニックロックとチェンバーロックの中間的な音楽性を持ち、『ミサ・ニ短調』という40分に及ぶ現代版宗教曲を完成させている。クリプト・レーベルに移籍した本アルバムは、後のギュスターヴ・フローベールの小説をテーマにしたサードアルバム『サランボー』、パヴァリアの狂王をテーマにした4枚目のアルバム『ルードヴィヒⅡ世』と合わせて3部作と呼ばれる最初の作品でもある。

 ワパスーはフランス北東部のライン川左岸に位置するストラスブールという都市で、1972年に結成されたグループである。グループの中心的な役割を担うフレディ・ブリュア(キーボード)とカリン・ニッカール(ギター)、ジャック・リヒティ(ヴァイオリン)のトリオ編成で活動を開始しており、擬似チェンバースタイルのプログレッシヴロックという独自性の強い音楽性だったという。そこにはロックアンサンブルに必要不可欠ともいえるリズム隊が存在していないのが大きな特徴である。彼らはワパスーというグループ名で、地元のストラスブールのクラブを中心に様々なヴォーカリストを代えながら演奏している。フレディはグループで演奏する傍らコンポーザーとして複数のスタジオを出入りしており、そこで後にアルバムのサウンドエフェクトを担当するフェルナン・ランドマンと出会っている。フレディはフェルナンを加えて作曲やリハーサルを行い、ファーストアルバム『Wapassou(邦題:ニンフの泉)』を録音している。フレディは録音したマスターテープを持って複数のレコード会社に掛け合ったが良い返事はもらえず、最終的に自主レーベル(プロディスク・ストラスブール)として1974年にリリースしている。サイケデリック風味のある室内楽を中心としたアートロックだったが、プレスした枚数がたった2,000枚だったため、後に幻のコレクターアイテムとなったことは言うまでもない。後にサウンドエフェクトを担当していたフェルナン・ランドマンを正式にメンバーに加えて、同年に数人のゲストミュージシャンを加えたシングル『Femmes-Fleurs/Borgia(邦題:淑女達の花々)』をA. P. G. F.という自主レーベルからリリースしている。この時期からフレディは壮大なコンセプトに基づくアルバムの構想を考え始めており、フランスの文学的、歴史的、思索的なテーマを着想とした作曲を作り始めている。それがセカンドアルバム『ミサ・ニ短調』から、『サランボー』、『ルードヴィヒⅡ世』までの「誕生、死、永遠」をテーマにした三部作である。この構想といくつかのデモ曲を持ってフランスのトップレーベルであるクリプトと3枚のアルバムリリースの契約している。メンバーは3人のオリジナルメンバーに加えて、プロデューサーにクリプトレーベルの創設者であるジャン=クロード・ポニャン、ミキシングにフェルナン・ランドマンとフレデリック・フィゼルソンの2人、エンジニアにバーナード・ベランを迎えて、カンヌに程近いアズールヴィル・スタジオで録音を開始。1976年に『ミサ・ニ短調』というタイトルでリリースすることになる。本アルバムは39分23秒に及ぶ1曲で構成された壮大な現代版宗教曲であり、ギター、ヴァイオリン、オルガン、メロトロン、ピアノ、そして効果音とスキャット(声楽)による夢幻的で耽美的なサウンドを奏でた異色の作品となっている。
 
★曲目★
01.Messe En Ré Mineur(ミサ・ニ短調)
※レコードはA面15分26秒、B面は23分57秒で分かれている。

 アルバムの1曲で構成される『ミサ・ニ短調』は、三部作の最初の作品で「誕生」をテーマしている。キーボードとギターを中心に女性ヴォーカルによるスキャットと共に奇妙とも言える民族風のムードを醸成した楽曲から始まり、3分30秒辺りからヴァイオリンを含んだクラシカルなアンサンブルが披露される。後にベースのようなカリン・ニッカールのギターがリズムを兼ねており、オルガンと共に響く女性ヴォーカルのソプラノスキャットは幻想的ですらある。8分過ぎに曲調が変わり、エレクトリックなキーボードとヴァイオリンを中心としたアンサンブルとなり、浮遊感のあるサウンドが続く。サイケデリックともいえる音宇宙を醸成しており、その底辺にはクラシックらしいサウンドが配列されているのが特徴ともいえる。15分26秒でフェードアウト(レコードでいうB面に移行)し、夢心地なサウンドをバックに再び女性ヴォーカルの優しいスキャットから始まったと思ったら、神聖なオルガンをバックに今度は男性のヴォーカルと喚きに近い女性のスキャットが絡み合う。典礼への求心力を高めるための演出である声楽が緊迫感をあおっている感じである。18分40秒あたりから曲調が変わり、抒情的なヴァイオリンと重いギターから、アシッド・フォーク的なスキャットが重なった美しいアコースティックギターによるソロが展開される。このあたりから軽快なサウンドになっていくが、24分30秒あたりから雲行きが怪しくなる。ダークな雰囲気のあるヴァイオリンと重い女性のスキャットが響き、後にカリンのアコースティックギターソロが展開される。今度は妖しさ満点のエコーを利かしたヴァイオリンのソロとなり、29分40秒過ぎにキーボードと美しい声楽によるサウンドになり、ヴァイオリンが加わったアンサンブルとなっていく。31分過ぎにはピアノの響きを皮切りに、エフェクトっぽいキーボードと呻きに近い女性のスキャットが反復される。35分から女性ヴォーカルと男性ヴォーカルが加わり、深淵で夢想的なロック・ミサ曲が幕を閉じている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、本来カトリック教会の典礼(ミサ)に用いられる声楽曲であるミサ曲は「キリエ」、「グローリア」、「クレド」、「サンクトゥス」、「アニュス・デイ」という通常式文が用いられるが、本作品はそうした構成にはこだわっていない。トラッド/アシッドフォーク的な女性スキャットと天界的なキーボード、クラシカルなヴァイオリンで構成された夢想感と浮遊感のあるサウンドだが、高度なテクニカルを追求する他のプログレッシヴロックと違って極めて感覚的であり、フランスならではの美意識が溶け込まれた音世界といっても良いだろう。

 現代版宗教曲である独自の音宇宙を創造した本アルバムは、同年にワーナー傘下のWEAを通じて配給され、ワパスーの名は次第に注目されることになる。フレディ・ブリュアは次のアルバムに着手し、今度はフランスの小説家であるギュスターヴ・フローベールの1862年の作品『サランボー』をテーマにしたアルバムをレコーディングする。第一次ポエニ戦争後の古代カルタゴを舞台に、カルタゴの将軍であるハミルカル・バルカの娘を主人公に波乱の人生を描いた創作物語であり、テーマは「死」である。1978年に発表した『サランボー』は、小説を題材にしたことに加えてドラマティックな演出が施された慈愛と緊迫のアンサンブルが高く評価された作品となっている。そして1979年には三部作の最後を飾る「永遠」をテーマとした『ルードヴィヒⅡ世』が発表される。ルードヴィヒⅡ世(第4代バイエルン王)は、神話に魅了されたことにより建築と音楽に破滅的な浪費を繰り返したパヴァリアの狂王と呼ばれた人物である。シンセサイザーを用いた室内楽を極めた流れるような優美でメランコリックな音世界を描いており、本作品をグループの最高傑作と呼ぶ者も多い。この頃から音響担当のフェルナン・ランドマンの他にライトショー担当のジゼル・ランドマンもメンバーに加えて、非常に凝ったライヴステージを行っている。1980年代に入ってからグループとして大きな転機となり、初めてドミニク・メッツというドラマーが加入し、後にフランシス・ジェントルにドラマーが代わるが、クリスティーン・メイラードという女性ヴォーカリストを新たに加えたアルバム『Genuine』を1980年にリリースしている。リズム隊が加わったことでニューウェイヴ的なセンスが加味されたメロディアスな作品に生まれ変わったという。その後はゲストギタリストにレミー・ヴァイス、ヴォーカリストのパトリック・アレスとシルヴィア.Bの2人を迎えて、1986年にシンフォニックロック色の強い『Orchestra 2001』をリリースする。このアルバムを最後にワパスーは正式に解散している。解散後のメンバーの何人かは、地元のストラスブールでRBO(Rock et Belles Oreilles)と呼ばれるスタジオを作り、スタジオエンジニアとして活躍したという。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はまさに夢想的というか浮遊感のある室内楽をベースに、フランス的な美のエッセンスが込められたワパスーのセカンドアルバム『ミサ・ニ短調』を紹介しました。フレディの構想である三部作の最初に作品で「誕生」をテーマにしているそうです。そのためかジャケットのデザインが母体回帰をイメージさせる女陰を連想させるものになっています。ロックグループとしては珍しいリズムレスのグループですが、聖歌のような女性スキャットと荘厳なキーボード、クラシカルなヴァイオリンとギターで構成された40分に及ぶロック版ミサ曲を演奏しています。決してテクニカルではなく、緩急も少なく、一歩間違えればムード音楽になりかねないこの手の音楽がプログレッシヴロックとして成り立っているのは、確固たるコンセプトに基づいたテーマが活きている他にありません。シンフォニックなシンセサイザーとアシッド・フォーク、またはチェンバーロックの中間的な音楽性を保ちつつ、ファンタジックなサウンドに逃げずにより文学的ともいえる表現を最後まで貫いているのは凄いのひと言です。女性ギタリストのカリン・ニッカールがメンバーに加えているためか、音楽そのものが夢心地であり、エキゾチックな世界観を伴ったサウンドになっています。やがて素朴な音が他の旋律と干渉し合い、退廃的な夢心地を越えた美の境地があるように感じてしまうのは、底辺に流れるミサ曲の神々しさがあるからかも知れません。

 さて、本アルバムには美しいスキャットを奏でる女性ヴォーカリストが存在しますが、クレジット表記はされていません。一応エウリュディケという名があるそうですが本名ではありません。なぜならエウリュディケという名は、ギリシア神話の中で毒蛇にかまれて命を落としてしまう竪琴の名手オルフェウスの妻の名だからです。死んだ彼女をあきらめきれないオルフェウスは冥界に下り、歌の力で冥界の王ハデスから妻を取り戻すことを約束させますが、「冥府から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という約束を破ってしまったために再びエウリュディケは冥界に囚われてしまうという悲しい神話として有名です。なぜ偽名まで使ってまで彼女をメンバーにしようしたのでしょうか? 理由はどうやら彼女が無名の17歳の少女だったからだそうです。それでも壊れそうでそれでも力強いソプラノのスキャットは、声楽曲であるミサ曲を表現する上で欠かせない存在です。

 本アルバムはフレンチ・プログレでおなじみのモナ・リザやアンジュ、カルペ・ディエムなどをプロデュースしたクリプトレーベルの創設者ジャン=クロード・ポニャンが担当しています。「誕生」をテーマにした音楽に一貫して流れる美意識と夢想性が感じられるフランスならではの作品です。後のニューエイジミュージックにも通じる、夢心地なサウンドをぜひ一度堪能してみてくださいな。

それではまたっ!