【今日の1枚】Eduard Artemiev/Warmth Of Earth | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

古今東西プログレレビュー垂れ流し

ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Eduard Artemiev/Warmth Of Earth
エドゥアルド・アルテミエフ/ウォームス・オヴ・アース
1985年リリース

旧ソ連の映画音楽家の手による完成度の高い
エキセントリックなシンフォニックロック

 旧ソ連の映画音楽の大家であり、連邦最高峰のロックアーテイストであるエドゥアルド・アルテミエフが作曲した完成度の高いシンフォニックロックの傑作。そのアルバムはSynthi100というシンセサイザーを駆使し、高い演奏技術をもったエキセントリックでスケールの大きいサウンドが持ち味となっている。1970年代末から始まったユーロロックの廃盤ブームのあおりで、日本の優秀なディーラーが各国に飛びまわり、リアルタイムで我が国に持ち帰ったオリジナルLP原盤を元にリイシューされた奇跡的な1枚でもある。

 ソビエト電子音楽作曲家協会の会長やソビエト文化大学の教授等を歴任したエドゥアルド・アルテミエフは、1937年に現ロシアの南のカザフスタンに程近いノヴォシビルスクで生まれている。1960年にモスクワ高等音楽院の作曲科を卒業し、当時、オーディオ・エンジニアであり、国産のシンセサイザーを開発していた数学者のエフゲニー・ムアジンに見出され、電子音楽家兼シンセサイザーの奏者として活動を開始。1961年には英題で『ミーティング・ザ・ドリーム』という作品のサントラを手がけている。1966年になると自らのスタジオを設立して様々な音楽を世に送り出しているが、その中にはロックサウンドもあり、主に東欧最大のロックスターであったニェーメンやギリシアのヴァンゲリス、フィリップ・グラス、フランコ・バッティアートといったアーティストに傾倒したものもあるという。エドゥアルド・アルテミエフの名を世界に知らしめたのは、アンドレイ・タルコフスキー、ニキータ・ミハルコフといった映画監督の巨匠とのコラボレーションである。1972年にポーランドのSF作家スタニスワフ・レムが1961年に発表したSF小説「ソラリスの陽のもとに」を映画化した『惑星ソラリス』は、カンヌ映画祭特別賞を受賞している。この映画の成功でアルテミエフは、連邦きっての映画音楽家となり、1980年に開催されたモスクワオリンピックのテーマ音楽を担当することになる。そのテーマ音楽があまりにも素晴らしいシンフォニックロックだったため、多くのロックファンやディーラーがサウンドトラックを探し回ったほどである。正式にサウンドトラックが発表されたのは1984年であり、それまではリリースする考えは無かったというからファンから後押しされた形で出されたものである。アルテミエフはモスクワオリンピックの開催前にユーリ・バグダノフと出会い、ザ・ブーメラン・アンサンブルというグループを結成しており、モスクワオリンピックにおいてバグダノフのシンセサイザーやソ連連邦ロシア合唱団、モスクワ合唱団による演奏も行われている。後の1981年にザ・ブーメラン・アンサンブルのデビューアルバムとなる『Moods』をリリースし、ソ連ではソールドアウトとなったベストセラー作品となる。そんな不動の人気となったエドゥアルド・アルテミエフが1985年に国営メロディア・レーベルから発表したのが本アルバム『ウォームス・オヴ・アース』である。

★曲目★
01.Barth Of Earth(バース・オブ・アース)
02.Who I Am!(フー・アイ・アム!)
03.Warmth Of Earth(ワームス・オブ・アース)
04.On The Bank Of Milky Way(銀河での出会い)
05.Farewell(フェアウェル)
06.Expeetation(期待)
07.Rakkans(ラカンス)
08.Hope(希望)
09.Where Are You?(あなたな何処?)
10.Lonely Sail(孤独の航海)
11.Hymn To Man(終章~人類への賛歌~)

 本アルバムでのエドゥアルド・アルテミエフは作曲兼コンポーザー、ディレクターとして関わっており、メンバーはロシア極東の少数民族チュクチの代表的作家であるユーリー・ルィトヘウが歌詞を担当している。また、女性ヴォーカリストのJ.ロジェストヴェンスカヤを迎えて、ザ・ブーメラン・アンサンブルのメンバーであるユーリ・バグダノフ(ギター、シンセサイザー)、I. レン(キーボード)、S. サヴェリエフ(キーボード)、A. ザキロフ(ベース)、S. ボグダーノフ(ドラムス)が演奏している。特に注目すべきはバグダノフが使用するSynthi100というシンセサイザーであろう。アナログシンセサイザーの代表格であるムーヴシンセサイザーとは異なるエレクトリック・ミュージック・スタジオ社が開発したもので、ピンク・フロイド『狂気』でも使用されたことで有名である。1曲目の『バース・オブ・アース』の爆発音のような導入部から、一気にこのシンセサイザーを中心とした強烈なインストゥルメンタル・アンサンブルが炸裂する。全編に渡ってかなり完成度の高いスペイシーなヘヴィシンフォニックサウンドを展開していて、畳み掛けるようなサウンドが印象的である。2曲目の『フー・アイ・アム!』から、女性ヴォーカリストのJ.ロジェストヴェンスカヤの瑞々しい歌声やスキャットが響き渡り、へヴィなギターとエキセントリックなシンセサイザーと相まった美しいサウンドになっている。3曲目の『ワームス・オブ・アース』は、一転して叙情的なアコースティックギターや鳥の声といった効果音のあるメロディアスな曲。ロングトーンのエレクトリックギターとの絡みは絶品である。4曲目の『銀河での出会い』は、テクニカルな演奏の中で紡ぎだされるドラマティックな展開が聴き所の楽曲であり、J.ロジェストヴェンスカヤの力強いヴォイスと技巧的なギターが炸裂する曲である。5曲目の『フェアウェル』は、美しいシンセサイザーの響きが全編にあふれた曲であり、6曲目の『期待』はJ.ロジェストヴェンスカヤのヴォーカルとシンセサイザーによる壮大なシンフォニックなロックになっている。7曲目の『ラカンス』は、シンセサイザーとキーボードによるテクノ調のロックになっており、スペイシーながらポストパンクに似たフュージョン的なサウンドになている。8曲目の『希望』はバックのシンセサイザーは効果に徹して、アコースティックギターの調べとJ.ロジェストヴェンスカヤの瑞々しいヴォーカルを中心とした、優しい雰囲気に包まれた曲になっている。9曲目の『あなたな何処?』は、ニューウェイヴにも似たヴォーカル曲になっており、バックのギターやシンセサイザーが複雑に絡み合うテクニカルな演奏が心地良く、ここまでメロディセンスの高い楽曲を作成してしまうことに驚いてしまう。10曲目の『孤独の航海』は、重々しいシンセサイザーによるスペイシーでヘヴィなサウンドに満ちた曲になっているが、変拍子を含んだ展開が繊細でありながらダイナミックな音世界を作り上げている。11曲目の『終章~人類への賛歌~』は、まさに映画のラストシーンを思わせるような雄大で表現豊かなシンセサイザーを中心としたアンサンブル、そしてJ.ロジェストヴェンスカヤを中心としたコーラスで幕を閉じる。こうしてアルバムを通して聴いてみると、エドゥアルド・アルテミエフがいかにクラシックやロック、ニューウェイヴ、テクノといった様々なジャンルの音楽を柔軟にそして巧みに取り入れているかが良く分かる。さらに全編に響き渡るシンセサイザーやキーボード、ハードなギターの中で、J.ロジェストヴェンスカヤのヴォーカルが全く負けていなく、逆に聴き惚れてしまうほど瑞々しさと力強さを併せ持っている。旧ソ連のアーティストであるということを抜きにしても、ここまでスケールの大きいサウンドは衝撃的であり、1980年代を代表するプログレッシヴロックの傑作といっても過言ではないだろう。

 本アルバムは英語クレジットが併記されており、西側諸国に向けたアルバムであることが分かる。ギリシャやポーランドを皮切りにヨーロッパでも話題となり、エドゥアルド・アルテミエフのアーティストとしての評価をさらに強めた作品となった。エドゥアルド・アルテミエフは本作をリリース後も多くのマテリアルを発表しており、1979年から2010年までに20枚近くのアルバムを残している。前作の1984年にリリースされた『Ode To The Bearer Of Good News』が、本作と合わせたシンフォニックロックアルバムとして有名であり、ほかに1990年にリリースされた1972年作『惑星ソラリス』や1975年作『鏡』、1979年作『ストーカー』にそれぞれ使用されたサントラ音源を収録したアルバムなどが必携アイテムとなっている。また、ザ・ブーメラン・アンサンブル時代のアレクサンドル・チューリヒン名義の『Two Portaits』もシンフォニックロックの傑作と言われている。なお、本アルバムのオリジナルLPでは9曲目の『あなたな何処?』と10曲目の『孤独の航海』は収録されておらず、1999年のMUSEA盤から追加収録されたものである。エドゥアルド・アルテミエフは現在、モスクワ文化大学名誉教授となっており、84才になっている。


 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は旧ソ連の映画音楽家であるエドゥアルド・アルテミエフが作曲兼コンポーザーとしてリリースした『ウォームス・オヴ・アース』を紹介しました。私としては旧ソ連のプログレの作品を聴いたのはこのアルバムが初となります。アルバムを聴いたとき思った以上に衝撃的で、こんなにドラマティックで壮大なスケールのサウンドなのかと驚いたものです。プログレ的なシンセサイザーと躍動感あふれるギター、そして何よりも女性ヴォーカリストの情感的な歌声が今でも耳に残っているほどです。アルテミエフ本人は作曲とコンポーザーに徹していて演奏はしていないということですが、そうした指揮者と演奏者を分けたクラシック的な方法論も本アルバムが異色の作品であることを物語っています。それでもクラシックやロック、ニューウェイヴ、テクノといった多彩なジャンルを巧みに取り入れていて、映画のサウンドトラックのようなダイナミズムに落とし込んでいるのは、やはり映画音楽家たるアルテミエフの技量といったところでしょうか。

 さて、先にも言ったように旧ソ連のプログレ作品を初めて聴いて衝撃的だった理由は、旧ソ連の音楽シーンに対する誤解というか偏見が私自身にあったからです。1989年のペレストロイカによる連邦の崩壊以前のソ連の音楽シーンは、ロック音楽に象徴する自由は無いと思っていました。しかし、本アルバムを聴いて改めて思ったのが、ペレストロイカ以前に東欧圏にロックミュージックは相応に発展していて、実際にフェスティバルなどが盛んに行われていた事実があります。旧ソ連時代に音楽の統制や検閲が行われていたのは、「革命的ではないもの」であって、革新的な音楽は良しとしていたそうです。逆にロシア革命以前にあったクラシックや近代音楽、ナチズムに連なる古典音楽こそ禁止されていたと言われています。確かにソ連初のロックフェスティバルは1957年に行われていますし、1968年のあの「プラハの春」では戦車で民衆を踏み潰している時でさえ、大規模なプログレッシヴロックのフェスティバルが開催されており、キース・エマーソン率いるザ・ナイスがブッキングされていたほどです。ジャズやロックという軽音楽が統制されていたというのは、それが西側の保守的な音楽であり、ロックンロールやパンク、ダンス、ビート音楽といった型にはまった質の低い音楽が嫌われていただけだったそうです。そうした時代の中で生み出された本アルバムは、まさに“本物”であり、当時の旧ソ連の中では革新的な音楽であったということになります。

 プログレッシヴロックにとって旧ソ連のアーティストは宝の山だそうです。その中でも傑作と名高い本アルバムは、プログレファンならずとも聴いて欲しいアルバムです。

それではまたっ!