12/14のWEEKEND SUNSHINEで、今月初めに亡くなったJoe Smithを紹介していました。
 
ロックンロールの初期から1990年代のCDブームに至るまでのキャリアで3つの主要なレコード会社を統括していました。1970年代にワーナーブラザーズとエレクトラ/アサイラムを率い、1980年代にキャピトルのレーベルを復活させました。 
彼が一緒に働いた何百人ものアーティストのリストは、ペチュラ・クラークとPP&M、グレイトフル・デッド、ブラック・サバス、イーグルス、ジョニ・ミッチェル、クイーン、カーズ、モトリー・クルーなど多数♬ requiescat in pace
 
 
 
 
Van Morrison 1968
 
ヴァン・モリソンがWarner Bros.に移籍する時にマフィアとトラブルがあって、当時2万ドルを雑居ビルの上階にあるマフィアの事務所に持参し無事解決してリリースされたのが『アストラル・ウィーク』だそうです。現在のヴァンの見た目はマフィアそのものですけど…
 
 
 
 
Grateful Dead 1970
 
ライブのためニューオーリンズ滞在中のデッドがドラッグでブタ箱に収監され楽器類も没収。2日目のライブは保釈保証人を設置後開催。ジョー・スミスが検事だか裁判官に5万ドルを何かの名目で寄付し、彼らは暴力的でないことを説明し以後ニューオーリンズに近付けない約束をして釈放。『アメリカン・ビューティー』収録の「トラッキン」はその顛末の歌(笑)
 
 
 
 
Bonnie Raitt 1989
 
Warnerでは商業的に成功とは言えない状態で15年を過ごし、契約終了とともにジョー・スミスが立て直しのためにいたキャピトルに移籍。ドン・ウォズのプロデュースによる移籍第一弾『Nick of Time』は、ボニー初となる全米アルバム・チャートのトップを記録し、3部門でグラミー賞を獲得しました。(ジョン・リー・フッカーのアルバムThe Healerで彼とデュエットした「I'm In The Mood」でもグラミー賞を獲得し、この年の受賞数は4つとなりました)
She was saved in the nick of time
 
 
 
 
 

 
 
(Musicman コラムより)訃報

元ワーナー・ブラザーズ・レコード社長のジョー・スミスが2日、亡くなった。91歳だった。伝説のレコード・マン。

ラジオのDJからスタート。ワーナー・ブラザーズ・レコード、エレクトラ/アサイラム・レコード、キャピトル/EMIレコードの社長を歴任した。ワーナー・ブラザーズ時代は、ピーター・ポール&マリーの売り出しに貢献。その後、グレイトフル・デッドと契約。フランク・シナトラ風なレコード会社ワーナー・ブラザーズを大きく変えた。またヴァン・モリソン、ブラック・サバス、ジェームス・テイラー、オールマン・ブラザーズ・バンド、ジミ・ヘンドリックス、ジョニ・ミッチェル、ニール・ヤングやランディー・ニューマンとの契約に携わった。

エレクトラ/アサイラム時代はリンダ・ロンシュタット、イーグルス、ジャクソン・ブラウン、クイーン、カーリー・サイモン、モトリー・クルーをスーパー・スターに押し上げた。イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」はこの時、生まれた。キャピトル/EMI時代はカントリー・ミュージックのガース・ブルックスと契約。カントリーでありながらアルバム「No Fences」は1000万枚を超えた。(1000万枚どころか全米の売上だけで1700万枚を超えています)