すっかり秋なのかぁと思う今日この頃、
暑いのが嫌いな僕にとってはストレスを感じることがほとんどなくなってきました。
話は変わり、読書の秋と言うけど
まともに本を一冊読みきったのは大学生のころです。
本を読んでないことが原因で
学生時代は国語が大の苦手で
センター試験の国語ではまったくいいところがなく
どうして筆者の思うことがわかるのだ!と愚痴をこぼしたものです。
今でも本を読んでいて感じること、思うことというのは人それぞれだと思っています。
感性とは人それぞれが育ってきた環境によって、また個々の性格によって違うものだと考えるからです。
そもそも学校とかで筆者がどう思ったかと問う問題がでますが、
わかるわけないというのが僕の個人的な意見です。
もちろん言葉として「こう思う」とか書いてあった場合は別として
読んだ人間がどう感じるかなんて人それぞれですから、
僕はこう思う、理由はこう書いてあり、僕の実体験ではこうだからと説明できれば
それが答えだと思います。
最近は映画でも監督がこんなこと言っているのをよく耳にします。
(○○を題材にして映画を製作しました。見ている方が何か感じてくれたらうれしいです。)
というように見ている方に考えさせる。感じ方は見ている方に任せるというのです。
文章でも同じではないでしょうか?
小、中学校のころ、この文脈からわかるだろと先生によく言われましたが
思うのことは、なぜその文脈から筆者の考えていることが100%わかるのだ!
実際に筆者がそういったのか?ならあんたは心が読めるのか?神か?
と心の中で反論したものです。。
またその文脈より、僕の感性ではまったく理解に苦しむことがしばしばありました。
まさに僕はひねくれていたのでしょう。
しかし世の中に出てみれば、
常識や倫理感は必要です。これは間違えないです。(犯罪の多い世の中で欠けている要素)
しかし、個性も必要とされます。
個性がないと人と違うものが創れません。
画期的なことを世に出す人は基本的に変わり者です。
個性を持っているのです。(倫理感は持っている)
話がそれたので戻すと、感じ方は人それぞれ、
今の教育に必要なのは
その感じたことが倫理的に正しいのかの判断と
その感じたことをいかに表現するのかということを
教えることではないでしょうか?
そして、自分のまわりの人は自分と違った感じ方をする人もいるのだ
という事実を教えることではないですか?
皆さんはこんなことを思ったことはないですか?