生きて死ぬ
この世のものは生まれて、消える
これ以外の進化は今の所ない
いくら人が進化したところで
発生して消えるのはミジンコも同じ
進化したのはやり過ごす時間の使い方だけだ
銀行頭取で英語ペラペラで
地域の福祉にも大きく携わり
なんとか賞とかもらった父も
死は柔らかにやってきて、体を蝕みこの世から消えた
形がなくなるというのは
とてつもなく切ないが
それが死ぬことだ
そして20年ほど過ぎたけど
もう誰も気にしてない
そんなもんだ
うちの隣のおばあさんは
母と同じ年で90歳
一人で生活し
7月の半ばには一人で買い物に行き
二階のベランダに洗濯物が干してあった
ああ
トイレも一人で行けなくなった
うちの母とはえらい違いだな
なんでこんな 差が出るのか
なんておもっていたら
八月の頭に
入院され
それから間も無くこの世から旅立った
あんな元気そうだったのに
何があったのか
人の命の終わり方は
どういうものが正解なのか
わからないが
正直
隣のおばあさんは羨ましい
なくなる数日前まで
一人で過ごせたのだ
誰の介助もなく
迷惑かけず
わたし個人としては
なんとも羨ましい終わり方だ
ただ
わたしの場合は
白骨化で発見されるから
周りには迷惑がかかるなあ…
役所の皆さん
何卒お許しください
それはともかく
ヨボヨボの母を未だ施設に預けられないでいる
様々な問題で頭が混乱中
そして母がたまに聞く
「隣は一人で生活しててえらいなあ」
さすがに
亡くなったことは伝えられなかった
「息子さんの家に行ったみたいよ」
それがせいぜいだ
本当のところ
わたしは
母の死を見たくない
でも
見つけて
運んで
処理をするのはわたしなのだろう
今もストレスが過多で
全身が痛いが
その時、がきたら
わたしは立って歩けるだろうか
身体的にも
精神的にも
いきて、しぬ
って
本当に残酷だ
人生を美しく讃えることもできるけど
今のところ
わたしの出す答えは 残酷、だ
喜びも悲しみも
ただただいまは