1941年生まれのユダヤ系アメリカ人 のPaul Frederic Simon とArthur Ira Garfunkelが1957年に「トム&ジェリー」としてデビュー曲「ヘイ・スクールガール」を小ヒットさせた後、1963年に再結成し1964年に『Wednesday Morning, 3 A.M.(水曜の朝、午前3時)』で再デビューしたSimon & Gurfunkelの1968年の5枚目のアルバム『Bookends(ブックエンド)』の1曲が“America(アメリカ)”でポール・サイモン作詞作曲。普通の語り口のままの韻を踏まない歌詞が特徴。ジョー・オズボーン(ベース)、ラリー・ネクテル(ハモンドオルガン)、ハル・ブレイン(ドラムズ)らがレコーディングに参加。1960年代はアメリカ社会の人種差別やベトナム戦争への介入などへの不信が浮き彫りになり、多くのアメリカ人が自国の在り方と信条に疑問を感じた時期で、この歌は1960年代半ばのアメリカ人の喪失感を歌い、アメリカと自分自身の再生する道を見つけたいという願望を表現しています。
英国のプログレ・バンドYesが1971年にはライブで演奏しており、当時のキーボード奏者はトニー・ケイで、この頃からカバー曲の骨格は出来上がっていた。1972年にアトランティック・レコードがサンプラーとして出したアルバム『The New Age of Atlantic』に収録され、その後の1975年にYesのコンピレーション・アルバム『Yesterdays(イエスタデイズ)』に収録された。頻繁に4/4拍子、6/4拍子、12/8拍子と拍子を変え、長いインストゥルメンタル演奏も加えて10分30秒と長尺であったが、短く編集されたシングル・バージョンは4分12秒であった。長尺版は2003年にリマスター盤として再発売されたアルバム『Fragile(こわれもの)』にボーナス・トラックとして収録され、短縮版はアルバム『Close to Edge(危機)』の再発売に際してボーナス・トラックとなった。スタジオ録音のキーボード奏者はRick Wakemanで、1971年のプロモーション・フィルムではYesのメンバーたちが嬉々としてスタジオで演奏している。なおアメリカ人のSimon & Garfunkelの歌詞「All gone to look for America」は、イギリス人のYesは「All come to look for America」と変えて歌った。
“America”の歌詞抜粋
“Kathy, I’m lost,” I said, though I knew she was sleeping キャシーが寝ているのを知っていたけど、僕は、「キャシー、僕は失くした」と言った。
I’m empty and aching and I don’t know why 僕は空っぽになっちまって苦しいんだ、なぜだか分からない
Counting the cars on the New Jersey Turnpike ニュージャージーのターンパイクで車を数え
They’ve all gone to look for America あいつらもみんなアメリカを探しに出てきたんだ
All gone to look for America → (YesバージョンではAll come to look for America)
All gone to look for America → (YesバージョンではAll come to look for America)


