2022年5/4、ジョン・レノンの反戦歌”Give Peace a Chance”がウクライナとの連帯のためにヨーロッパ25ヶ国150のラジオ局から一斉に流れた。この活動を主催した欧州放送連合(EBU)によると、欧州の多くの民放ラジオ局も自発的にこの活動に参加したという。ウクライナのラジオ・チャンネル「チャンネル・ワン」のユーリ・タバチェンコ制作プロデューサーは、欧州放送連合の仲間たちの支援に感謝の意を表し、「今日、ヨーロッパはウクライナを中心に団結しており、これは本当に重要なことだ」と語った。


「Stop the War Give Peace A Chance」:Youtube

URL:https://www.youtube.com/watch?v=tPMQn6rhA4k


https://www.youtube.com/watch?v=tPMQn6rhA4k




“Give Peace a Chance(平和を我らに)”は、ビートルズを解散したジョン・レノンが1969年に発表した最初のアルバム『Plastic Ono Band』に入った曲で、ライブ・アルバム『平和の祈りを込めて~ライヴ・イン・トロント1969~(The Plastic Ono Band LIVE PEACE IN TRONT)』にも6曲目に収録され、このライブでのメンバーは、John Lennon:Guitar, Vocals、Yoko Ono:Vocals、Eric Clapton:Guitar、Klaus Voorman:Bass Guitar、Alan White:Drumsであった。


John Lennon and the Plastic Ono Band SWEET TORONTO 1969:Youtube

URL:https://www.youtube.com/watch?v=-GfXg5QrKpc



1940年生まれ(1980年没)のジョン・レノンより、ビートルズとして1966年リリースの『リボルバー(Revolver)』のジャケットのイラストで有名なクラウス・フォアマン(クラウス・ヴーアマン)の方が1938年生まれで最年長。クラウス・フォアマンは後にクリーム結成のために脱退するジャック・ブルースの後任として1969年夏の解散までマンフレッド・マンのベーシストとして活動していた。ジョン・レノンより若い1945年生まれのエリック・クラプトンは1963~1965年にヤードバーズ、1965~1966年にジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ、1966~1968年にクリームで活動後であった。

 

2022年5/26に死亡したアラン・ホワイトは1949年生まれで、このバンドでは最年少で、トロントでのライブの前日にジョン・レノンから電話がかかってきて、カナダへ飛ぶプライベート・ジェット機の中で、ジョン・レノンとエリック・クラプトンと共に、椅子をスティックで叩きながら練習したとのエピソードがある。1972年にビル・ブルーフォードの後任としてイエスに加入してからの後は、御存じの通りの活躍。しかし2019年に来日の際、腰を痛めているだけにしては、かなり弱って見えた。そういえばジェネシスのフィル・コリンズもヨロヨロだ。アランにご冥福を祈ります。