翌日の朝は、トーストとベーコンエッグだった。じいさんとばあさんは、ご飯とみそ汁だ。友喜は、さつきのことを考えていた。さつきは、きっと公立中学へ行くんだろう。友喜は、私立中学に通っているから、たぶん会うこともないと思った。天使みたいな子は、どんなだろう。空の贈り物なんだろうか。でも、そんなかわいい子なら、彼氏いるかな。そう思うと、嫌悪感がした。友喜は、恋愛なんて自分にできるとは到底思えなかった。恋愛なんて汚いことをしているやつとは、こっちから願い下げだと思った。

 じいさんは、にやにやしていた。

 「さつきちゃんは、本当にきれいな子だったぞ。いっぺん、見た方がいい。あんなのは、見たことがない。じいちゃんが言うからには、間違いないぞ。」

 このじいさんは、昔、女にモテタことを自慢するのが楽しみなのだ。友喜も、うんざりするくらい聞かされた。母さんは、眉をひそめ、無言でトーストを食べている。友喜は、腹が立って、つい怒鳴ってしまったのだ。

 「そいつ、そのうち死ぬんだろ。興味ないよ。」

 食卓にまずい空気が流れた。父さんさんが静かに言った。

 「将来、医者になる奴が、そんなこと言っちゃあ駄目だ。」

 友喜は、何も言わず、自分の部屋に戻った。なんだか、いろんなものがわだかまって、頭が変になりそうだ。窓から見上げた秋空は、美しい青さで広がっていた。大体、内科の医院に死人なんて運ばれないだろ。別に、医者になるって決まってないだろ。さつきってやつ、ムカつくな。あいつのせいで。ほんと、死ねばいいのに。

 秋の雲が、呆れるくらいのんびり流れていたあの日。日曜日だったし、何もすることがなくて、友喜はテレビを見ていた。リビングのソファに寝転がっていた。

 インターホンが鳴った。母さんに命令された友喜は、しぶしぶ玄関へ行った。インターホンはその間にも、二回、三回と鳴った。―うっさいな―と舌打ちした。出てみると、見おぼえのないおばさんがいた。厚化粧で、年甲斐もない派手な服装だ。しかも、なんか知らないが、血相変えてて、厚化粧が大変なことになっていた。―げっ―って感じだ。

 「あのう、どちら様ですか。」

 おばさんは、すごい早口言葉だった。

 「女のコ見なかったかしら?」

 なんか気取った言い方が癪だ。

 「すみません。あなた誰ですか。」

 「女のコ見なかった?長くて癖のある髪のコ。今日、越してきた五十鈴です。お母さんいらっしゃる?」

 朝からトラックの音がうるさかったのを思い出した。母さんを呼びに行った。

 引っ越し早々、娘がいなくなったらしいおばさんは、人の家の玄関でとうとう泣き出した。仕方ないから、おばさんをなだめつつ、居間へ通した。だが、それからが大変だった。おばさんは、泣きながら、勝手に事情をまくし立ててきた。

 友喜と母さん、そして、途中からは診察を終えてきた父さんまでが、おばさんの話をひたすら聞かされることになった。

 「あのコ。病気なんです。体もすごく弱いんですが、やることもちょっと変なんです。さつき、というんですが、わたしにはなに考えてるの全然かわからないんです。病気だって、大きな病院で診てもらっても、何の病気なんだかわからないんです。きまって、特に悪いところはないなんて言われるんです。でも、雨の日になると、すぐ体調が悪くなるんです。年々、ひどくなってて。わたし、あのコは、もう先がそんなにないんじゃないかと思うんです。それなのに、勝手にふらふら出て行って。朝のうちは、空っぽの部屋で、ぼんやり空を見上げてたんですよ。何を言ってあげても、気のない返事ばかりして。腹が立ちません?わたし、もう放っておこうと思って、下で荷物を片づけてたんです。そしたら、お昼になって、お隣に挨拶に上がろうと思って、さつきを呼びに行ったんです。そしたら、いないんです。」

 おばさんの話は延々続いた。「あのコ。おかしいんです。」を何回も繰り返していた。自分の育て方も悪かったんだけれどとか、主人も薄情だとか、せめてもう一人子供がいればとか。母さんに、あっちへ行ってなさいと言われたので、友喜は五分ほどで自分の部屋に戻った。

 「あのコ。おかしいんです。」

 「あのコ。おかしいんです。」

 「あのコ。おかしいんです。」

 「あのコ。おかしいんです。」

 あれだけ繰り返されると、なんだかそれは、洗濯機か何かが、おかしくて修理してほしそうな言い方に聞こえてきた。そりゃあ、あんな変なおばさんの娘は、気ちがいにちがいない。尖った顔の、意地悪そうな母娘が頭に浮かんだ。

 おばさんが帰った後、母さんは、かなり機嫌が悪かった。母さんは、「さつきちゃんがおかしくなったのは、あの母親のせいにちがいない。」と友喜に説明した。友喜は、知らない子に「ちゃん」付けする母さんも変な気がした。また、母さんは、「その、さつきちゃんってコ、トモくんはあんまり関わらない方がいいわよ。」とも言った。友喜は、最初から自分が何かしようとは全く考えてなかった。けれど、こう言われてしまうと、逆に、なんだか、その、さつきって子に悪いような気もした。

 母さんは、大急ぎで晩御飯の支度をしていた。キッチンには、あのおばさんが置いて行った饅頭の箱があった。

 「母さん、この饅頭食べていい?おなかすいた。」

 「駅前の千円のやつだから、大したことないわよ。食べたいなら一個だけにしときなさい。」

 友喜は、その店の饅頭は結構好きだった。お歳暮やお中元で送られてくる上等なやつより、なぜか安物方が口に合うのだ。

 晩御飯は結局、八時半になってしまった。うちには、じいさんと、ばあさんもいるから、七時と決まっている。母さんは、遅くなってすみません、とあやまっていた。

 話は自然、隣のことになった。

 じいさんとばあさんは、母さんから話を聞くなり、「それは大変だ。」とか大袈裟に言い始めた。心配しているというよりは、面白がっているふうだ。じいさんとばあさんは、これから見に行ってくるとまで言い出した。母さんは止めたが、二人は昼間、デパートへ買い物に行っていたので、挨拶もまだだからと理屈をつけた。母さんは、苦虫を噛潰しながら、かろうじて笑いを作っていた。友喜が晩御飯をあまり食べてないのを見つけるや、饅頭を何個食べたのか問いただした。友喜は三個食べたのをあやまった。のんき者の父さんは、一人で、録画したドラマを見ている。じいさんとばあさんは、やる気満々。じいさんにいたっては、「トモくんも、さつきちゃんを見に行かんか。別嬪さんかも知れんぞ。」と誘ってきた。友喜は、「別嬪さん」という響きが、なんだかいやらしく思えた。興味ないと言って、母さんのとばっちりを受けないうちに部屋へ逃げた。

 一時間くらいすると、じいさんとばあさんは帰ってきた。二人が母さん相手に話すのが、部屋に居ても聞こえてくる。もともと田舎の人だから大声なのだ。五十鈴 さつき は戻ってきたらしい。なんでも、新しい町だから探険してみたかったんだそうだ。ついでに、知らないおっさんと友達になって、白熊みたいな犬を一匹、お土産として貰い受けたそうだ。「天使みたいにやさしそうな子だった。」と、じいさんとばあさんは、何度も何度も、興奮気味に繰り返していた。友喜と同じ中学一年生だそうだ。

 友喜は、その夜、なかなか眠れなかった。



 なぞなぞあそびをしてみましょう


 なぞなぞなんぞは とても楽

 昼寝をしながら あそべます


 「雪がとけたら 何になる?」

 「宇宙のはじまりなんでしょう?」

 「世界で一番小さな海は?」

 「水につかっても濡れないものは?」