日本の社会でよく見るのが、誰かが責任をとって辞任するという場面だ。


あまり関係ない人でも、とりあえず責任責任という言葉を使い、誰かを悪者にし責任転嫁をしようとしているように感じる。


もちろん、その人が張本人な場合はよいのだが、大規模な会社の場合は、そんなにすべてを管理するというのは難しい。


今現在、私も何人かを管理する立場なのであるが、すでに信頼関係というものを築いている。


一度、私の一番上の上司が、私の管理している(部下という言葉はあまり好きではない)人をひどく怒ったことがある。


しかし、やはりその私の管理している人にそこまで非があったように感じない。


なので、私は特になにも言われていないが、頭を下げに行った。


やはり、昔は上司と部下という関係はかなり密接だったのではないか。こいつがそんなことで責任をとらされるなら、俺がかわりにというように、責任をかわりにとってあげる。管理しているものの責任をとるという関係を築けていたのだと感じる。


今は、誰に責任があるかをよく言及せず、とにかく上の立場を。といったように、責任責任。

責任をとり、その後どうするか?といったことが一番会社にとっても重要であり、社会にとっても重要なのだと思う。


よく、マスコミが社長というか、責任をとっているものをののしる場面をよく目にするが、何かおかしいように感じる。

情報を操作する側が、そこまで上に立つ必要もないと思う。


とりあえず、責任をとるからやめるというのは、私はあまり好きではない。やめたからすべて解決というのも何かおかしな話である。マスコミも、やめるかやめないのかという場面を、かなり煽る場合があるが、


なぜ???


とすごく疑問になってしまう。


もっとよりよい結果の先を見て欲しいと思う。