文化祭のライブが終わり、俺たちは何だか燃え尽きた気分になった。

 部室で呆けてどれくらいの時が経っただろうか。窓の外はすでに薄暗く、遠くで火が燃えている。文化祭の後夜祭のファイヤーで、それを囲んでフォークダンスを踊るなどのイベントが行われているはず。
 でも、俺たちには今、そんな気力はない。
 二十分。
 たった二十分という時間の中で、オリジナルの曲を五曲歌いあげ、大歓声の中、俺たちの舞台は幕を下ろした。
 俺と木下、そして三島先輩にとって初舞台となったこのステージは、大きな緊張を伴った。でも、それはのちに心地よいものとなった。
 息の合った演奏。木下が刻むリズム。三島先輩が加えるシンセのスパイス。そして、来生先輩の天性のギターと歌。経験の浅い俺と木下を、二人の先輩がしっかりと引っ張ってくれることで、演奏は素人同然の俺が聞いてもわかるくらい、まとまっていた。
 それが分かっていたから、俺は観客の盛り上がりを見ても、慢心することはなかった。それ以上に、俺は演奏を楽しむことができた。
 あっという間の二十分だった。終わってみれば、あっけなかった。でも、充足感はあった。

 こういうのも、いいなぁ。

 まるで夢を見ているかのようだ。

 こんなにも楽しくて、こんなにも幸せな時間があろうとは。

 学生時代が、こんなにも楽しいものだったとは。

 俺達四人は、最高のバンドだ。

 俺たちの時間が、これからも永遠に続けばいいのに。

 そして、来生先輩とこうして一緒に過ごすことができればいいのに。

 夢なら醒めないでほしい・・・・・・。

 夢なら・・・・・・。

 ・・・・・・。

 そう、これは夢だ。

 耳を澄ませるんだ。

 俺のことを呼ぶ声が聞こえる。

 俺の名前を何度も呼ぶ声が・・・。

 いとしいと感じる、あの声で・・・・・・。


「あ、気がつきました!」
 声に導かれるまま、重い瞼を必死に持ち上げ、やっとの思いで目を開ける。
 飛び込んできたのは、目に涙を浮かべて安堵した表情を浮かべるいとしい人の顔だった。
「・・・・・・?」
 いったい何が起こったのかわからない俺の周りには、管理人さんとお袋、三島さんに木下が集まっていた。
「やっと目を覚ましたわね」
「まったく、心配したんだぞ」
「お前、1週間も気を失ってたんだぞ」
 は?1週間?・・・そう言えば、ここは俺の部屋じゃない。白がやたらと目に入る。それに、この独特のにおいは・・・・・・。
「菜奈ちゃん、先生呼んできて」
「はい!」
「わっ!びっくりした・・・」
「あ、看護師さん。ちょうどよかった。五島さんが意識を取り戻しました!」
「え?本当ですか?」

 どうやら俺は、1週間も気を失っていたらしい。事故に巻き込まれたとか何とか。話を聞いても、どうも気を失う前のことは覚えていない。
 記憶喪失ということではない。実際、俺の周りにいる人たちの顔と名前は覚えているし、気を失う少し前のことまで、大概の事は覚えている。ただ、気を失った原因となる出来事を覚えていないのだ。
 おそらく、事故にまきこまれる前の段階で、俺自身、かなり疲弊していたらしい。そのため、俺は周囲に注意を向けることができなくなり、結果、1週間も病床で夢を見続けることになったのだ。

 夢?

 そのわりには、ずいぶんとリアルな気がしたが・・・。ドキドキとか、いろんな気持ちを感じたし。
 あれ?でも、痛みは感じたことはなかったっけ?

 でも、夢でよかった。
 さすがに、口が聞けないのはちょっとつらい。そりゃあ、コミュニケーションにハードルがあるからこそ、より深いつながりになるだろうけど、関係が続けば続くほど、だんだんと彼女のことが不憫に感じられて、何とも言えない気持ちになりそうだ。
 デートという甘い体験も夢だったわけだ。でも、そのあと待ち受けている悲劇も夢なのだから、二度と会えないということもない。まだまだ、一緒にいられる。
 そうなると、文化祭のライブもやはり夢ということになる。これだけはちょっともったいなかった。あの感動も夢だし、ライブまでのあの日々も全部夢。楽しい高校生活も夢・・・。
 現実は、勉強ばかりの高校時代。楽しいこともあったけど、つらい体験もした。大切な人の死を、母親と恩師の死を体験した。現実が夢だったらよかったのに。

 そうか。そのせいだったんだ。夢と現実が混同するのは。

 夢で見た出来事があまりにも楽しくて、いつまでもそこにいたいという気持ちが、現実がどれなのかを分からなくさせていたのだ。

 でも。

 俺が見た夢には、必ずと言っていいほど、俺にとっての理想の女性が出ていた。
 その人は俺より1つだけ年上で、いつも何かしら俺のことを気にかけてくれる。気配りができて、それでいて優しく、いつくしむ心を常に持っている。そんな性格が、彼女をより美しくさせている。
 俺は夢の中でその人に必ず惚れて、そしていとおしく思う。まるで、夢の中にだけ存在しているかのような、そんな彼女に。

 目が覚めた今、その女性が目の前にいる。

 俺の手を取って、嬉しそうに微笑みながら、俺の顔を覗き込む。
 俺は握られている手だけでなく、その表情からも、彼女のぬくもりを感じた。

 ああ、これが現実なんだな。

 何だか俺は、嬉しくなった。
 だって、彼女がいるんだ。現実の世界に。それ以上に何を望むというのだ?

「すみませんでした」

 病室で二人きりになった時、俺は彼女に謝った。
 彼女はどうして謝られるのかわからずに困惑していた。でも、俺はその理由を語らなかった。だって、何だか気恥ずかしいし、話しても多分、伝わらない。
 ただ、何となく、謝っておきたかった。少しでも夢の世界にい続けたいと思ったことが、何だか彼女を裏切っているように感じられたから。