同棲生活が始まってから2年ほど経過したある日、美佐子は突然気分が悪くなって、台所で戻してしまった。
昨夜は特に食べすぎたという記憶はない。悪いものを食べたわけでもない。しかし、どういうわけか気持が悪い。
「…ハァ、ハァ」
荒くなる呼吸。しばらくすると、美佐子は少し落ち着いてきた。
「…どうしたのかしら」
美佐子は困惑した。今まで味わったことのない感覚を覚え、不安になる。そして、
「まさか…」
と、一つの可能性に行き当たった。
その晩、和雄が仕事から帰ってきてご飯を食べていると、美佐子から思わぬことを、しかしいつかこうなるであろうことを聞かされた。
「…できたみたい」
「…?」
「…赤ちゃん」
「本当か?」
和雄は驚き、茶碗を置くと自然と笑みが浮かんできた。
「それに、双子みたいなの」
「双子?」
和雄が驚くさまを、美佐子は笑顔で見ていた。
「そうか、双子か。いや、でかした!」
和雄は美佐子の頭をなでながらほめた。
「ちょ、やめてよ、恥ずかしいよ」
「はは、いよいよ俺も親父かぁ」
和雄は嬉しくて仕方がなかった。
しかし、うれしさとともに、憂いもあった。
(そうか、いよいよ親父になるんだよなぁ…)
蒲団の中で、和雄はふと考えた。隣で眠っている美佐子に気づかれないように、静かに考えた。
(そうなると、今まで以上に金を稼がないとなぁ。家賃に光熱費、食費にそれと出産費用、子供を育てるのにいろいろと掛かるからなぁ)
和雄は現状を考えてみる。
(1年前から正社員になったから、給料は前に比べて格段に上がった。けれど、いつまでもこのアパートに住み続けるわけにもいかないしなぁ。できれば家を建てたいし、それが無理でもマンションか団地に移りたい。子供を育てるのにも、このアパートは向いてないし…)
確かに、和雄と美佐子の二人が住む分には、築42年のボロアパートでも何ら申し分はない。しかし、子供を育てるのに六畳一間では狭すぎる。家具がそろった今の生活でも、手狭に感じられる。蒲団を敷くのもやっとの広さしかない。押入れがあるから何とかなっているものの、余分なものを置くことができない。これから子供ができるとなると、育児に必要なものをそろえなければならず、そうなると今の部屋では寝床を確保できなくなる。一つの布団で二人が寝れば問題はないのだが、生まれる予定の子供は二人である。たとえ一つの布団で二人が寝たとしても、かなりきつくなってしまう。やはり、今よりも広い部屋、せめて部屋が2つないと、これから生活していくにはつらい。
(どこか別のところに引っ越しするとして、それにしても今よりも金が必要になるな。やっぱり、これからはもうちょっと仕事しないといけないな)
そんな静かな決意をして、和雄は目を閉じた。
「そうか、双子がな」
「はい」
休憩時間に、和雄は工場の社長と話をしていた。
「よかったじゃないか」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、いつまでも別姓ってわけにもいかないだろう」
「は?」
「ほれ、お前さんたち、まだ結婚してないんだろう」
「あ、はい」
そう、和雄と美佐子は駆け落ちして同棲しているだけで、戸籍上はまだ他人同士なのである。
「これから生まれる子供のためにも、親が他人同士ってのもどうかと思うからな」
そう言って、社長は二人の婚姻の証人になると名乗り出た。もう一人の証人には副社長が名乗り出た。
「ありがとうございます」
和雄は二人に大いに感謝した。
ほどなくして、二人の名前がつづられた婚姻届が役所に届け出され、和雄と美佐子は晴れて夫婦となった。
その後、二人はマンションに引っ越した。家賃はアパートの2倍ちょっと。工場の正社員となった和雄の所得ではあまり苦とはならないが、これから子供を育てていくとなると、いろいろとお金がかかる。それに、将来は家を持ちたい。そうなると、この家賃の上昇は結構つらい。しかし、3LDKにグレードアップしたことで、子供が生まれても窮屈な生活にはならないだろう。
そしてほどなくして、双子が生まれた。どちらもかわいらしい女の子で、赤ん坊ながらも将来は整った顔立ちになりそうな面持ちをしていた。
「はは、美佐子にそっくりでよかったな」
「口元はあなたにそっくりよ」
そんな会話をしていると、先に生まれた方がキャキャッと笑った。
「あら、この子私たちの話してることがわかるのかしら?」
「さあな。でも、ずいぶんと明るい子になりそうだ」
こうして、姉の方は明美と名づけられた。一方、妹の方はすやすやと眠っている。
「かわいい寝顔ね」
「ああ。前に読んだ小説で、『野菊のような人だ』っていう表現があったんだけど、この子は菜の花のようにかわいらしい。眠っていても生き生きとしている感じだな」
「そうね」
こうして、妹の方は菜奈と名づけられた。
二人とも、かわいらしく、そして自慢の子供たちである。そんな二人の娘の寝顔を見て、和雄は前に抱いた静かな決意を確固たるものに変えた。
(後編に続く)
昨夜は特に食べすぎたという記憶はない。悪いものを食べたわけでもない。しかし、どういうわけか気持が悪い。
「…ハァ、ハァ」
荒くなる呼吸。しばらくすると、美佐子は少し落ち着いてきた。
「…どうしたのかしら」
美佐子は困惑した。今まで味わったことのない感覚を覚え、不安になる。そして、
「まさか…」
と、一つの可能性に行き当たった。
その晩、和雄が仕事から帰ってきてご飯を食べていると、美佐子から思わぬことを、しかしいつかこうなるであろうことを聞かされた。
「…できたみたい」
「…?」
「…赤ちゃん」
「本当か?」
和雄は驚き、茶碗を置くと自然と笑みが浮かんできた。
「それに、双子みたいなの」
「双子?」
和雄が驚くさまを、美佐子は笑顔で見ていた。
「そうか、双子か。いや、でかした!」
和雄は美佐子の頭をなでながらほめた。
「ちょ、やめてよ、恥ずかしいよ」
「はは、いよいよ俺も親父かぁ」
和雄は嬉しくて仕方がなかった。
しかし、うれしさとともに、憂いもあった。
(そうか、いよいよ親父になるんだよなぁ…)
蒲団の中で、和雄はふと考えた。隣で眠っている美佐子に気づかれないように、静かに考えた。
(そうなると、今まで以上に金を稼がないとなぁ。家賃に光熱費、食費にそれと出産費用、子供を育てるのにいろいろと掛かるからなぁ)
和雄は現状を考えてみる。
(1年前から正社員になったから、給料は前に比べて格段に上がった。けれど、いつまでもこのアパートに住み続けるわけにもいかないしなぁ。できれば家を建てたいし、それが無理でもマンションか団地に移りたい。子供を育てるのにも、このアパートは向いてないし…)
確かに、和雄と美佐子の二人が住む分には、築42年のボロアパートでも何ら申し分はない。しかし、子供を育てるのに六畳一間では狭すぎる。家具がそろった今の生活でも、手狭に感じられる。蒲団を敷くのもやっとの広さしかない。押入れがあるから何とかなっているものの、余分なものを置くことができない。これから子供ができるとなると、育児に必要なものをそろえなければならず、そうなると今の部屋では寝床を確保できなくなる。一つの布団で二人が寝れば問題はないのだが、生まれる予定の子供は二人である。たとえ一つの布団で二人が寝たとしても、かなりきつくなってしまう。やはり、今よりも広い部屋、せめて部屋が2つないと、これから生活していくにはつらい。
(どこか別のところに引っ越しするとして、それにしても今よりも金が必要になるな。やっぱり、これからはもうちょっと仕事しないといけないな)
そんな静かな決意をして、和雄は目を閉じた。
「そうか、双子がな」
「はい」
休憩時間に、和雄は工場の社長と話をしていた。
「よかったじゃないか」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、いつまでも別姓ってわけにもいかないだろう」
「は?」
「ほれ、お前さんたち、まだ結婚してないんだろう」
「あ、はい」
そう、和雄と美佐子は駆け落ちして同棲しているだけで、戸籍上はまだ他人同士なのである。
「これから生まれる子供のためにも、親が他人同士ってのもどうかと思うからな」
そう言って、社長は二人の婚姻の証人になると名乗り出た。もう一人の証人には副社長が名乗り出た。
「ありがとうございます」
和雄は二人に大いに感謝した。
ほどなくして、二人の名前がつづられた婚姻届が役所に届け出され、和雄と美佐子は晴れて夫婦となった。
その後、二人はマンションに引っ越した。家賃はアパートの2倍ちょっと。工場の正社員となった和雄の所得ではあまり苦とはならないが、これから子供を育てていくとなると、いろいろとお金がかかる。それに、将来は家を持ちたい。そうなると、この家賃の上昇は結構つらい。しかし、3LDKにグレードアップしたことで、子供が生まれても窮屈な生活にはならないだろう。
そしてほどなくして、双子が生まれた。どちらもかわいらしい女の子で、赤ん坊ながらも将来は整った顔立ちになりそうな面持ちをしていた。
「はは、美佐子にそっくりでよかったな」
「口元はあなたにそっくりよ」
そんな会話をしていると、先に生まれた方がキャキャッと笑った。
「あら、この子私たちの話してることがわかるのかしら?」
「さあな。でも、ずいぶんと明るい子になりそうだ」
こうして、姉の方は明美と名づけられた。一方、妹の方はすやすやと眠っている。
「かわいい寝顔ね」
「ああ。前に読んだ小説で、『野菊のような人だ』っていう表現があったんだけど、この子は菜の花のようにかわいらしい。眠っていても生き生きとしている感じだな」
「そうね」
こうして、妹の方は菜奈と名づけられた。
二人とも、かわいらしく、そして自慢の子供たちである。そんな二人の娘の寝顔を見て、和雄は前に抱いた静かな決意を確固たるものに変えた。
(後編に続く)