卒業式の夜。美佐子は食卓をはさんで両親と向かい合って座っていた。浮かない顔をしている美佐子に対して、両親は険しい顔をしていた。

 話は半月前にさかのぼる。その日も美佐子は学校帰りに和雄と会っていた。大学受験で志望校に合格したこと、一人暮らしを始めること、この町を出ていくことなどが話された。
「それじゃあ、俺たちのこの関係も、もう終わりか…」
沈み掛ける夕陽が公園を朱色に染める。和雄は赤いブランコに座り、陽に背を向けてつぶやく。
「・・・・・・」
美佐子は何も言わない。二人のこの関係の終息は、出会った当初から何となく感じていた。二人が会うのは美佐子の高校の登下校時に限られている。そのほかの日に会うことはいろいろな理由から阻まれていたからである。
 当時、美佐子の通う高校には厳しい校則があった。その中に男女交際に関する記述があり。それを固く禁じていたのである。加えて、風紀委員なるものがあり、それにかなり力が入れられており、男女交際に加えて制服、髪型、持ち物などに対しても厳しい取り締まりが行われていた。実際、この一年で男女交際の摘発が45件に上る。いずれも街中で発覚し、後日学校で尋問、場合によっては処分と至っている。美佐子の場合は不良に絡まれたこと、その後和雄に「送り迎え」を頼んだことがすでに風紀委員に伝わっているため、「男女交際」という扱いがされないでいる。しかし、それ以外の場面で二人が一緒にいると、その限りではない。したがって、二人が会えるのは学校の行き帰りだけなのである。「処分が怖くて恋愛ができるか!」という考えもあるが、学校の処分はかなり厳しく、髪型の違反だけで「停学1週間」、男女交際の場合だと「停学1カ月」に処される場合もある。加えて、処分においては学校に来ない間はしっかりと「欠席」扱いとなり、ひどい時には出席日数が足りずに「留年」してしまうこともある。実際、男女交際が発覚し、しかも性交渉をしていたこともその後の事実調査でわかったという男女は、「退学」こそ避けられたが、「停学3カ月」という処分が下されたため、留年している。さらに、「ばれなければ…」という話もあるが、学校の風紀委員は教師と学生の親とも通じており、街での学生の素行は随時学校に伝わるため、どんなに周りを気にしても、結局発覚してしまうのである。いうなれば、学校の周辺には大量の監視カメラが設置されているようなものである。それも、いろいろなところを動き回っていて、まるで偵察を目的としたステルス機のようで、むしろ監視カメラよりもステルス機とした方が的確かもしれない。
 そんな環境下にあったため、美佐子と和雄は学校の登下校以外に会うことができなかったのである。ましてや、美佐子は決まり事を守る人である。たとえ処罰が緩くても、美佐子のことだ、学校の登下校以外に和雄と会うことはしなかったであろう。たとえ会いたい気持ちが募ったとしても。
 しかし、そんな生活もあとわずかである。だから美佐子は少し期待していた。二人の関係が、この後も続くことを。それを切り出す和雄を。
「それじゃ、今度からは周りを気にせず、会いに行けるってなわけだ」
和雄の言葉は、美佐子が期待していたものそのものであった。
「・・・うん」
すると、美佐子の視界から夕日の光が消えて、突然薄暗くなった。一瞬、何が起こったのかわからなくなったが、視力が回復してくると、目の前にあるものが何であるのかがわかってきた。そうかと思うと、今度はそれが少しずつ近づいてきて、そして…。
「!」
美佐子は、自分の唇に熱を感じた。驚き、美佐子は何もできずに、固まってしまった。ファーストキスゆえか、二人のそれは唇を重ねるだけにとどまった。しかし、それだけでも美佐子は鼓動が高まり、耳まで熱くなった。
 長いこと唇が重なっていた気がする。ようやく美佐子の唇から、和雄の唇が離れる。
「これからは、こういうことも堂々とできるわけだ」
和雄はいたずらをした時のような笑みを見せる。美佐子はしばし何も考えることができなかった。しかし、次第に冷静さを取り戻すと、自然と美佐子にも笑みを浮かべることができた。

 話を再び美佐子の高校卒業の日の夜に戻す。美佐子と和雄の公園での一場面を、近所の人が見ていて、それが美佐子の両親に伝わったのである。
「公園で男と一緒にいたそうじゃないか」
父親が低い声で話を単刀直入に切り出す。
「・・・・・・」
美佐子は黙っている。
「その男は一体何者なんだ?」
「・・・・・・」
「一度、美佐子が悪い学生に言い寄られていたのを助けてくれた人・・・よね?」
美佐子の代わりに、母親が説明する。
「だとしても、だ。どうしてその男と公園にいる必要があるんだ?」
「・・・・・・」
「また悪い学生に襲われるといけないからって、送り迎えを頼んだのよね?」
またしても母親が代弁する。どうも母親には事の経緯が伝わっているのだが、父親にはほとんど伝わっていなかったようだ。父親の表情はより険しくなる。
「それにしてもだ。送り迎えだけなら、公園に寄り道する必要はなかろう」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
これには母親も代弁することができなかった。確かに、単なる送り迎えをするのに、公園で話し込んだり、わざと遠回りをしたりする必要はない。
「まさか、お前たち・・・」
「・・・・・・そうよ」
美佐子がはじめて口を開いた。
「私たち、卒業を機に、付き合うことにしたの」
「美佐子!」
父親より先に、母親が美佐子をたしなめた。
「まだそれを切り出すのは早いわよ」
美佐子に耳打ちする母親。それを見て父親は頭に血が上った。
「お前、まさか知ってたのか?」
「知ってたわけじゃないけれど、でも、薄々は・・・」
「だとしたら、なぜもっと早くそれを私に言ったり、美佐子たちを止めようとしたりしなかったのだ?」
「なぜって・・・」
母親が言葉を詰まらせると、
「逆に、どうして私たちのことを、お父さんに止められなきゃいけないの?」
と、美佐子が父親にかみついた。
「んな、生意気な…」
「生意気とか、そういうの関係ないじゃない!」
「世間知らずのお前が、どこの馬の骨とも知らない男と付き合うのなど、許せるはずがなかろう!そも、恋愛は個人の自由などと主張する、そんな甘い考えのお前が私に意見するなど、生意気だと言うのだ」
「横暴だわ!」
「美佐子!」
母親が止めるのを聞かずに、美佐子はさらに続ける。
「私は今までずっと、お父さんとお母さんの言うことをずっと聞き続けてきたわ。勉強だってしっかりやってきたし、言われる通り決まりごとはずっと守ってきた。いい子を演じてきたとは言わないけど、私はお父さんとお母さんの意見にずっと従ってきたわ。なのに、どうして私のたった一つのわがままを許してくれないの?ただ一度のわがままを・・・」
美佐子は涙を流しながら、両親に訴える。
「私は和雄さんに、あの日からずっと学校までの送り迎えをしてもらった。その中で、私は和雄さんがいい人だと分かった。だから私は、和雄さんと付き合いたい。何の考えもなしに言ったわけじゃないわ」
「・・・だがな、男は女の前ではいい恰好をしたがるものだ。付き合いだしたら今まで隠していた本性が・・・」
「あの人はそんな器用な人じゃないわ」
「しかし、見るからにフーテンだと・・・」
「お父さんは和雄さんのことを見たの?」
「・・・・・・」
父親は言葉に詰まった。近所の人の目撃談しか、和雄のことを知らなかったからである。
「な、何にしても、私は美佐子の交際には反対だ!」
「お父さん!」
父親はそれ以上何も言わなかった。美佐子は泣き出してしまうし、母親はどうしたらよいのか分からず右往左往していた。

「・・・そうか。まあ、そりゃそうだよな・・・」
和雄は苦笑した。美佐子が昨晩のことを話した際の和雄の反応である。
「俺って、どう見てもフーテンで、かといって寅さんみたいに情けに篤いわけでもないし、信用されないよな」
「・・・でも、ウソはつかないし、やさしいじゃない」
「美佐子。人はな、みんな見た目で相手のことを判断するんだ。美佐子だって、最初は俺のこと、信用できるような人じゃないって思っただろう」
「それは・・・」
美佐子は否定できなかった。言葉を詰まらせているのを見た和雄は苦笑して、
「だろう?」
と言った。
「俺だって、美佐子の親父さんの立場だったら、俺のことを見た瞬間、ぶん殴るだろうからな。『俺の娘に手を出すな!』ってね」
「和雄さん・・・・・・」
美佐子はどう声をかけていいのか分からなくなった。
「・・・やっぱ、俺もどこか職に就かないといけないな」
「え?」
和雄は突然、そんなことを切り出した。
「今みたいな日雇いじゃないやつ・・・。やっぱ、美佐子に苦労はかけたくないしな」
「・・・和雄さん」
美佐子は和雄をみつめる。
「ん?なに?」
「・・・それって、一緒に暮らすってこと?」
「ん、まあ、そうなるね。このまま結婚なんてことになれば・・・」
「・・・それって、今すぐじゃ駄目かな?」
「へ?今すぐ?・・・さあ、どうかなぁ」
「ねえ!」
「・・・・・・うーん、まあ、俺は平気だけど・・・」
「じゃあ、行きましょう!」
「え?行きましょうって、ええ?」

 その日の晩、美佐子と和雄は、疾風怒濤の勢いで、世間で言う「駆け落ち」をした。