1980年代、その高校はとにかく荒れていた。男子はいろいろな形があるが、いわゆる「ツッパリ」という言葉で片付けることが出来る。そういえば、それは女子にも言える。
どこで手に入れるのか、単車を乗り回して集団で暴走し、その光景を煽りながら見るギャラリーも大勢いたという。ほかにも、単車には乗らなくても、他校の生徒と派閥を巡る抗争を繰り広げたり、教師と対立したりと、よく言えば「元気が有り余り、活気がある」、悪く言えば「荒廃した」学校であった。
もっとも、ここで細かいことを言わずとも、「ヤンキー」や「暴走族」、そして「ツッパリ」に「ロンスカ」などの言葉から、当時の高校がどんなものであったのかは何となく想像できよう。できずとも、そういうのを扱ったマンガはいくつも世に出回っているし、テレビドラマでも見ることができよう。そのため、ここでは当時の高校の姿を細かく描写することは割愛する。
しかし、そんな中でも、まじめな学生というものは存在していた。まじめに授業を受けて、まじめに制服を規定通りに着て、まじめに家に帰って勉強に勤しむ。そんな学生も確かに存在していた。坂下美佐子はまさにそんな学生であった。
そして同時に、美佐子という存在が鼻につく学生も多かった。
ある日の下校のとき、美佐子は5人の女子高生に絡まれていた。皆が一様に丈の長いスカートを穿き、髪は黄色や赤色、茶色、挙句には紫色という奇抜な色に染めているものもいた。ツッパリの女子高生版といったところである。彼女たちの目的は、まじめを通している美佐子に焼きを入れる、つまり憂さを晴らすべく暴行を加えることと、美佐子の持っている小遣いである。
「てめぇ、いちいちうぜぇんだよ」
「いいこぶりやがって」
「殺すよ?マジで」
「死ねよ、おめえ」
得てして、この手合いの言うことは不条理極まりないものである。しかし、見かけが奇抜であるのと、彼女たちが手にバットを握っているのが目に入ると、よほど腕に自信のある者でないと反抗することは難しい。そして、美佐子は腕に自信のある者ではなかった。
「お、こいつ財布の中、すんげえ入ってんじゃん」
「マジかよ?…うわ、こいつこんなに持ってやがんの」
集団は美佐子の財布から現金を抜き取ろうとする。
「やめて、それは今日の夕飯の買い物の…」
「黙れや!」
集団の一人が美佐子の頬に平手を打った。美佐子はその場に倒れこんだ。そして、倒れた美佐子を一人が蹴ろうとしたとき、集団に向かって野球の硬球が襲い掛かってきた。
「!」
「なんだ?」
集団が目を向けた先には、一人の若い男がいた。この時代には異様なまでに奇抜なアロハシャツをだらしなく着て、所々穴が開いたジーンズにサンダルという出で立ちである。
「一人の女の子に寄ってたかって、なっさけねえ」
男がジャリジャリとサンダルを地面にこすらせながら一歩ずつ集団に近づいていく。
「んだ?このおっさん」
「クソジジイはひっこんでろ!」
すると男は不敵な笑みを浮かべ、あっという間に突っ張り女子高生の集団をのしたのである。
「…お兄さん、だろ?」
男はニヤリと口元を歪ませると、女子高生たちはくもの子を散らしたように、
「お、覚えてろ!」
という捨て台詞を残して去っていった。
「ったく!大してリキがあるわけじゃないのに、群がるといきがりやがって」
男は腕をぶんぶんと振りながら、逃げ去る女子高生たちをにらんだ。
「……あ」
美佐子が何も言えずにいると、
「まあ、嬢ちゃんにも責任の一端はあるぜ。無防備に一人で歩いてたんだからな」
と、男が美佐子に言った。
「ご、ごめんなさい…」
美佐子は戸惑い、とりあえず謝った。
「おいおい、俺に謝ってどうすんだよ」
男はカカカッと笑った。それを見て美佐子もつられて少しだけ笑った。気持ちがほぐれて、美佐子はやっと自分の言うべき言葉を思い出した。
「あの、助けていただいて、ありがとうございました」
「いいっていいって。それにしても、学校帰りに買い物かい?偉いねぇ」
「いえ。いつものことですから」
「これから行くんだろう?」
「はい」
「そんじゃ、俺も一緒に行ってやるよ」
「そんな。ご迷惑じゃ」
「いいんだよ。どうせ俺はフーテンだ。それに、あいつらのことだ。一人になったところをまた襲うかもしんねえからな」
「あ、ありがとうございます。それじゃ、お願いします」
「まかしときな!俺は山倉和雄ってんだ」
「あ、私は坂下美佐子です」
これが、和雄と美佐子の出会いであった。
結局、和雄は美佐子の買い物に同行し、荷物を持って美佐子を家まで送った。
「本当に、今日は何から何まで、ありがとうございました」
「いいっていいって。また何かあったら呼んでくれ。…まあ、そんなこと言ってもできないだろうがな。しかたないから、朝と帰りに送り迎えしてやるよ」
「本当に大丈夫ですから」
「いいんだよ。…俺がしたいだけなんだから」
「そうですか?」
「ああ。俺、誰かに気を使うのって、苦手なんだわ」
「はあ…」
「だから、俺が単純に美佐子を送り迎えしたいんだ。まあ、美佐子が嫌だってんなら、俺も無理強いはしないけどさ、もし美佐子が構わないってんなら、俺に送り迎え、させてくれないか?」
「…はい。それじゃ…」
美佐子は和雄に送り迎えを頼むことにした。
とはいえ、和雄は見かけからすると、どう見ても普通の人ではない。本来ならかかわってはいけない人のようにも見えるし、あるいは定職に就かないでプラプラしているだけのようにも見える。もっとも、後者のままなのであるが。いずれにせよ、素性の知れない人であることに変わりなはい。また、見かけからすると、気分屋という印象もある。そのため、送り迎えをするという申し出も、最初のうちだけで、何日かすれば自然と送り迎えなどしなくなるだろうと、美佐子は和雄の言葉に、あまり期待はしていなかった。
「助けた時に、何ていうか、惚れちまったんだよな」
娘の明美に昔語りをしているときの和雄の言葉である。
「その頃の俺は、高校を卒業したはいいけど、大学受験に失敗しちまってな。予備校に通う金もなかったし、独学で最初のうちは大学受験に挑もうと思ってたんだけど、やっぱり意志が弱かったんだよな。3ヶ月くらい経つと、もう勉強なんかそっちのけで、街に出てはゲーセンで遊んだり、その辺を歩いている女の人をナンパしたりしてたんだ。けど、その瞬間はおもしろいんだけど、そのあとはなんだかむなしくなってな…」
明美は何も言わずに、ただ和雄の話を聞いている。
「そんな時だったんだ。美佐子が不良に絡まれているのに遭遇したのは。とりあえず、助けてみたんだけど、美佐子の顔を見た瞬間、もう、アウトだったな。もうすっかり美佐子に夢中になってた。とにかく、いろんな話をしたかったし、一緒に笑いあいたかったし、ただ一緒にいたかった。それで、あんな申し出を美佐子にしたんだ」
それから3カ月ほど経った。美佐子の送り迎えを、和雄はまだ続けている。
さすがに、学校の近くになると噂が立つため、学校から500メートルくらい手前で別れるが、それ以外では、和雄と美佐子は一緒だった。
道中では、他愛のない話をしている。道すがら、喫茶店に寄ったり、屋台のたこ焼きや大判焼きを買って食べたり、少し寄り道をしたりした。ただ、美佐子は買い物を頼まれることが多かったので、あまり長い時間二人の時間を過ごすことはできなかった。
いつしか二人は、互いに惹かれあうようになっていた。いつまでも学校に向かう道が続いていれば、あるいは家までの道がもっと長ければ…。いっそのこと、時間が止まってくれれば…。二人はそんな思いを抱くようになっていた。
そして気がつくと、二人が出会ってから1年近くが経過していた。二人は離ればなれになることがつらく感じるようになっていた。会話で上がる話題も、他愛のない話から、将来の話が多くなった。二人で一緒に暮らしたい。結末はいつもこの言葉であった。
美佐子が高校を卒業した。このとき、運命は大きく動き出すことになった。
どこで手に入れるのか、単車を乗り回して集団で暴走し、その光景を煽りながら見るギャラリーも大勢いたという。ほかにも、単車には乗らなくても、他校の生徒と派閥を巡る抗争を繰り広げたり、教師と対立したりと、よく言えば「元気が有り余り、活気がある」、悪く言えば「荒廃した」学校であった。
もっとも、ここで細かいことを言わずとも、「ヤンキー」や「暴走族」、そして「ツッパリ」に「ロンスカ」などの言葉から、当時の高校がどんなものであったのかは何となく想像できよう。できずとも、そういうのを扱ったマンガはいくつも世に出回っているし、テレビドラマでも見ることができよう。そのため、ここでは当時の高校の姿を細かく描写することは割愛する。
しかし、そんな中でも、まじめな学生というものは存在していた。まじめに授業を受けて、まじめに制服を規定通りに着て、まじめに家に帰って勉強に勤しむ。そんな学生も確かに存在していた。坂下美佐子はまさにそんな学生であった。
そして同時に、美佐子という存在が鼻につく学生も多かった。
ある日の下校のとき、美佐子は5人の女子高生に絡まれていた。皆が一様に丈の長いスカートを穿き、髪は黄色や赤色、茶色、挙句には紫色という奇抜な色に染めているものもいた。ツッパリの女子高生版といったところである。彼女たちの目的は、まじめを通している美佐子に焼きを入れる、つまり憂さを晴らすべく暴行を加えることと、美佐子の持っている小遣いである。
「てめぇ、いちいちうぜぇんだよ」
「いいこぶりやがって」
「殺すよ?マジで」
「死ねよ、おめえ」
得てして、この手合いの言うことは不条理極まりないものである。しかし、見かけが奇抜であるのと、彼女たちが手にバットを握っているのが目に入ると、よほど腕に自信のある者でないと反抗することは難しい。そして、美佐子は腕に自信のある者ではなかった。
「お、こいつ財布の中、すんげえ入ってんじゃん」
「マジかよ?…うわ、こいつこんなに持ってやがんの」
集団は美佐子の財布から現金を抜き取ろうとする。
「やめて、それは今日の夕飯の買い物の…」
「黙れや!」
集団の一人が美佐子の頬に平手を打った。美佐子はその場に倒れこんだ。そして、倒れた美佐子を一人が蹴ろうとしたとき、集団に向かって野球の硬球が襲い掛かってきた。
「!」
「なんだ?」
集団が目を向けた先には、一人の若い男がいた。この時代には異様なまでに奇抜なアロハシャツをだらしなく着て、所々穴が開いたジーンズにサンダルという出で立ちである。
「一人の女の子に寄ってたかって、なっさけねえ」
男がジャリジャリとサンダルを地面にこすらせながら一歩ずつ集団に近づいていく。
「んだ?このおっさん」
「クソジジイはひっこんでろ!」
すると男は不敵な笑みを浮かべ、あっという間に突っ張り女子高生の集団をのしたのである。
「…お兄さん、だろ?」
男はニヤリと口元を歪ませると、女子高生たちはくもの子を散らしたように、
「お、覚えてろ!」
という捨て台詞を残して去っていった。
「ったく!大してリキがあるわけじゃないのに、群がるといきがりやがって」
男は腕をぶんぶんと振りながら、逃げ去る女子高生たちをにらんだ。
「……あ」
美佐子が何も言えずにいると、
「まあ、嬢ちゃんにも責任の一端はあるぜ。無防備に一人で歩いてたんだからな」
と、男が美佐子に言った。
「ご、ごめんなさい…」
美佐子は戸惑い、とりあえず謝った。
「おいおい、俺に謝ってどうすんだよ」
男はカカカッと笑った。それを見て美佐子もつられて少しだけ笑った。気持ちがほぐれて、美佐子はやっと自分の言うべき言葉を思い出した。
「あの、助けていただいて、ありがとうございました」
「いいっていいって。それにしても、学校帰りに買い物かい?偉いねぇ」
「いえ。いつものことですから」
「これから行くんだろう?」
「はい」
「そんじゃ、俺も一緒に行ってやるよ」
「そんな。ご迷惑じゃ」
「いいんだよ。どうせ俺はフーテンだ。それに、あいつらのことだ。一人になったところをまた襲うかもしんねえからな」
「あ、ありがとうございます。それじゃ、お願いします」
「まかしときな!俺は山倉和雄ってんだ」
「あ、私は坂下美佐子です」
これが、和雄と美佐子の出会いであった。
結局、和雄は美佐子の買い物に同行し、荷物を持って美佐子を家まで送った。
「本当に、今日は何から何まで、ありがとうございました」
「いいっていいって。また何かあったら呼んでくれ。…まあ、そんなこと言ってもできないだろうがな。しかたないから、朝と帰りに送り迎えしてやるよ」
「本当に大丈夫ですから」
「いいんだよ。…俺がしたいだけなんだから」
「そうですか?」
「ああ。俺、誰かに気を使うのって、苦手なんだわ」
「はあ…」
「だから、俺が単純に美佐子を送り迎えしたいんだ。まあ、美佐子が嫌だってんなら、俺も無理強いはしないけどさ、もし美佐子が構わないってんなら、俺に送り迎え、させてくれないか?」
「…はい。それじゃ…」
美佐子は和雄に送り迎えを頼むことにした。
とはいえ、和雄は見かけからすると、どう見ても普通の人ではない。本来ならかかわってはいけない人のようにも見えるし、あるいは定職に就かないでプラプラしているだけのようにも見える。もっとも、後者のままなのであるが。いずれにせよ、素性の知れない人であることに変わりなはい。また、見かけからすると、気分屋という印象もある。そのため、送り迎えをするという申し出も、最初のうちだけで、何日かすれば自然と送り迎えなどしなくなるだろうと、美佐子は和雄の言葉に、あまり期待はしていなかった。
「助けた時に、何ていうか、惚れちまったんだよな」
娘の明美に昔語りをしているときの和雄の言葉である。
「その頃の俺は、高校を卒業したはいいけど、大学受験に失敗しちまってな。予備校に通う金もなかったし、独学で最初のうちは大学受験に挑もうと思ってたんだけど、やっぱり意志が弱かったんだよな。3ヶ月くらい経つと、もう勉強なんかそっちのけで、街に出てはゲーセンで遊んだり、その辺を歩いている女の人をナンパしたりしてたんだ。けど、その瞬間はおもしろいんだけど、そのあとはなんだかむなしくなってな…」
明美は何も言わずに、ただ和雄の話を聞いている。
「そんな時だったんだ。美佐子が不良に絡まれているのに遭遇したのは。とりあえず、助けてみたんだけど、美佐子の顔を見た瞬間、もう、アウトだったな。もうすっかり美佐子に夢中になってた。とにかく、いろんな話をしたかったし、一緒に笑いあいたかったし、ただ一緒にいたかった。それで、あんな申し出を美佐子にしたんだ」
それから3カ月ほど経った。美佐子の送り迎えを、和雄はまだ続けている。
さすがに、学校の近くになると噂が立つため、学校から500メートルくらい手前で別れるが、それ以外では、和雄と美佐子は一緒だった。
道中では、他愛のない話をしている。道すがら、喫茶店に寄ったり、屋台のたこ焼きや大判焼きを買って食べたり、少し寄り道をしたりした。ただ、美佐子は買い物を頼まれることが多かったので、あまり長い時間二人の時間を過ごすことはできなかった。
いつしか二人は、互いに惹かれあうようになっていた。いつまでも学校に向かう道が続いていれば、あるいは家までの道がもっと長ければ…。いっそのこと、時間が止まってくれれば…。二人はそんな思いを抱くようになっていた。
そして気がつくと、二人が出会ってから1年近くが経過していた。二人は離ればなれになることがつらく感じるようになっていた。会話で上がる話題も、他愛のない話から、将来の話が多くなった。二人で一緒に暮らしたい。結末はいつもこの言葉であった。
美佐子が高校を卒業した。このとき、運命は大きく動き出すことになった。