今回は久しぶりに漫画です。タイトルは『こばと。』です。CLAMPという女性漫画家ユニット(と称するのが正しいかどうかはわかりませんが)による作品です。
世間知らずの美少女、花戸小鳩。彼女にはやらなければならないことがある。それは、「人々の傷ついた心をいやして、それによってできる金平糖のような形の心で瓶をいっぱいにすること」である。そして今日もこばとは、一見すると犬のぬいぐるみである「いおりょぎさん」にどやされながら、瓶を傷ついた心でいっぱいにするために人々の心をいやすのであった。
大雑把なあらすじを記しました。「金平糖」と記しましたが、こばとが集める「傷ついた心」が瓶に収まるとき、金平糖のような形をしているのです。また、「世間知らずの美少女」と記しましたが、こばとが何者であるのかは、実はわかりません。どうも、どうしても行きたいところがあると言うのですが、そこがどこなのかも今のところわかりませんし、そもそもあまりにも「常識」が欠落しすぎているので、おそらく人間としてこれまで生きてきたわけではないらしいことは感じられますが、ではいったい何者なのかと言うと、やはりわからないのです。対して、こばとにいろいろと教えたり、こばとの暴走(いろいろな意味で)に雷を落としたり(実際は火を吐き出すのですが)するこばといわく「いおりょぎさん」の過去は少しずつ出てきています。そんな「いおりょぎさん」と一緒にいるこばともまた、普通の人間ではないらしいことはわかります。もっとも、「いおりょぎさん」の過去を知らずとも、犬のぬいぐるみがしゃべったり動き回ったりすることなど普通はないので、こばとがいわゆる「普通の人間」ではないらしいことはすぐにわかるのですが。
さて、補足が終わった(?)ところで、内容に触れていきます。
私はこの作品、テレビをザッピングしていた時に偶然目にしたのをきっかけに知ったのですが、その時は一体どんな話なのかがわからずに、ただこばとと「いおりょぎさん」の駆け引きとこばとのとんでもない行動に吹き出していました。
そのわずかな時間の視聴、しかしどういうわけか、いやに頭に残ったのです。そして…。この先はいつも通りの顛末です。ブックオフ云々です。
そうして、現在まで出ている4冊を読んだのですが、テレビで見たこばとのおかしな言動とそれに突っ込みを入れる「いおりょぎさん」のドタバタがおもしろいのですが、それだけでなく、こばとが出会った人々の大きく暗い悩みや苦しみ(保育園の借金など)といったシリアスな部分も描かれています。もっとも、「傷ついた心」を扱う以上、そういったシリアスさは避けて通れないところなのでしょうが。
しかし、この作品の中心となっている保育園の話において、世間のことをほとんど知らないこばとの存在は、関係者にとって大きな癒しとなっているのではないかと思います。もちろん、それで完全にいやされるというわけではありません。ですが、苦悩でため息ばかりでお先真っ暗な現状において、少しは明るい気持ちにさせていると思います。保育園の清花(園長)先生も、そこで働く藤本さん(先生ではないようです)にとっても。藤本さんの場合、こばとのことを毛嫌いしているように見えますが、その実は結構気に掛けています。実は藤本さん、いろいろあってその保育園に大きな恩を感じていて、今は保育園が抱えてしまった借金を返すために様々なバイトを掛け持ちしていて、多忙を極めているのです。そんな藤本さんですから、実はこばとがいることで、結構いやされているのではないかと勝手ながら思うのです。
話がそれましたが、「傷ついた心をいやす」というこばとの行動原則があるためか、読んでいる人も癒されると思います。
ただ、個人的なことではありますが残念だったのは、この作品を読んだタイミングが、ちょうど民主党の小鳩体制が非難されていた頃で、複雑な気持ちになったところでしょうか。作品自体には落ち度はなく、むしろ早く続きが読みたいくらいなのに、政治情勢のせいで変な形で陰りが出てしまったのが残念です。
というわけで、今回は『こばと。』を取り上げました。作品を楽しむ環境やタイミングによって、作品に対する印象も変化すると、わからなくてもいいことをわかってしまいましたが、それは個人的なことなので、ともかく…。
世間の常識をあまり知らないために、こばとが示す同情には悪気がありません。純粋な気持ちのみです。そしてこばとはその人が抱える苦しみやつらさを懸命になって癒そうとします。そうして生み出される癒しを感じたいと言う方、是非一読を。
世間知らずの美少女、花戸小鳩。彼女にはやらなければならないことがある。それは、「人々の傷ついた心をいやして、それによってできる金平糖のような形の心で瓶をいっぱいにすること」である。そして今日もこばとは、一見すると犬のぬいぐるみである「いおりょぎさん」にどやされながら、瓶を傷ついた心でいっぱいにするために人々の心をいやすのであった。
大雑把なあらすじを記しました。「金平糖」と記しましたが、こばとが集める「傷ついた心」が瓶に収まるとき、金平糖のような形をしているのです。また、「世間知らずの美少女」と記しましたが、こばとが何者であるのかは、実はわかりません。どうも、どうしても行きたいところがあると言うのですが、そこがどこなのかも今のところわかりませんし、そもそもあまりにも「常識」が欠落しすぎているので、おそらく人間としてこれまで生きてきたわけではないらしいことは感じられますが、ではいったい何者なのかと言うと、やはりわからないのです。対して、こばとにいろいろと教えたり、こばとの暴走(いろいろな意味で)に雷を落としたり(実際は火を吐き出すのですが)するこばといわく「いおりょぎさん」の過去は少しずつ出てきています。そんな「いおりょぎさん」と一緒にいるこばともまた、普通の人間ではないらしいことはわかります。もっとも、「いおりょぎさん」の過去を知らずとも、犬のぬいぐるみがしゃべったり動き回ったりすることなど普通はないので、こばとがいわゆる「普通の人間」ではないらしいことはすぐにわかるのですが。
さて、補足が終わった(?)ところで、内容に触れていきます。
私はこの作品、テレビをザッピングしていた時に偶然目にしたのをきっかけに知ったのですが、その時は一体どんな話なのかがわからずに、ただこばとと「いおりょぎさん」の駆け引きとこばとのとんでもない行動に吹き出していました。
そのわずかな時間の視聴、しかしどういうわけか、いやに頭に残ったのです。そして…。この先はいつも通りの顛末です。ブックオフ云々です。
そうして、現在まで出ている4冊を読んだのですが、テレビで見たこばとのおかしな言動とそれに突っ込みを入れる「いおりょぎさん」のドタバタがおもしろいのですが、それだけでなく、こばとが出会った人々の大きく暗い悩みや苦しみ(保育園の借金など)といったシリアスな部分も描かれています。もっとも、「傷ついた心」を扱う以上、そういったシリアスさは避けて通れないところなのでしょうが。
しかし、この作品の中心となっている保育園の話において、世間のことをほとんど知らないこばとの存在は、関係者にとって大きな癒しとなっているのではないかと思います。もちろん、それで完全にいやされるというわけではありません。ですが、苦悩でため息ばかりでお先真っ暗な現状において、少しは明るい気持ちにさせていると思います。保育園の清花(園長)先生も、そこで働く藤本さん(先生ではないようです)にとっても。藤本さんの場合、こばとのことを毛嫌いしているように見えますが、その実は結構気に掛けています。実は藤本さん、いろいろあってその保育園に大きな恩を感じていて、今は保育園が抱えてしまった借金を返すために様々なバイトを掛け持ちしていて、多忙を極めているのです。そんな藤本さんですから、実はこばとがいることで、結構いやされているのではないかと勝手ながら思うのです。
話がそれましたが、「傷ついた心をいやす」というこばとの行動原則があるためか、読んでいる人も癒されると思います。
ただ、個人的なことではありますが残念だったのは、この作品を読んだタイミングが、ちょうど民主党の小鳩体制が非難されていた頃で、複雑な気持ちになったところでしょうか。作品自体には落ち度はなく、むしろ早く続きが読みたいくらいなのに、政治情勢のせいで変な形で陰りが出てしまったのが残念です。
というわけで、今回は『こばと。』を取り上げました。作品を楽しむ環境やタイミングによって、作品に対する印象も変化すると、わからなくてもいいことをわかってしまいましたが、それは個人的なことなので、ともかく…。
世間の常識をあまり知らないために、こばとが示す同情には悪気がありません。純粋な気持ちのみです。そしてこばとはその人が抱える苦しみやつらさを懸命になって癒そうとします。そうして生み出される癒しを感じたいと言う方、是非一読を。